光の渦

子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

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2.始まりの道

 高い。

 無限に高いはずの空が、今日は一際高く感じられる。

 息せき切った喉がからからに乾き、一瞬の間、いつも自分とともにあったはずの世界が遠く離れていった。
 そして、刺すような日の光が、閉じた瞼の内側に忍び込んできて、赤い色彩とともに全身を覆っていく。
 しばらくは、その新しい極彩色の世界に身を委ねていると、次第に全身を覆っていた光の欠片がぐるぐると渦を巻くように離れていった。

 やがて大きくため息をつくと、蝉のひしひしとした鳴き声とともに僕が属しているいつもの世界が戻ってきた。


 「ココ、ばてたんか。」
 リュックの重みに負けるように背中から転がり込んだ僕の顔を見下ろして、大学生の本橋さんが話しかけてきた。
 僕は未だ焦点の合わない眼差しのまま、逆光をに映ったそのシルエットに向かって口を開いた。
 「まだなの。」 
 僕の情けない声が返事をする代わりに問いかけをした。
 小首をかしげるようにして少し考えてから、いつものゆったりとした笑顔に戻って本橋さんがそれに答えた。
 「もう少しだ。」

 その声を聞くとあっさりと元気を取り戻した僕は、リスか何か小動物のような身軽さで起き上がるとリュックを探り、ポットの冷えた水をグイと飲んだ。
 そして目を細めると、永遠に続くかと思われる砂利道の山の先まで続いていく様をじっと見つめてみた。 しばらくそうするうちに、そんなことでは目的地であるキャンプ場など見えるわけがないことに気が付くと、ふっとため息をついた。そして、その時にはもう、いつもの軽挙妄動性の衝動に駆られていた。


 前には僕たちの班のリーダー的存在である本橋さんと同じ大学生のダンプさん。(女性にそのようなあだ名が許されるのかは、なんとなく不思議ではあったが、みんなが公式的にそう呼んでいた)

 隣には僕のひとつ年上で小学5年生のじんべー君。
 後ろには倉田君とちょろさん。
 この2人は6年生だ。

 そして、中学生の人が3人いて大学生のしょうこさんがいる。

 前にも後ろにも似たような編成の班がつらつらと連なって、全部で100人を超える人たちが思い思いの様でしゃがみ込んで、休息をとっている。


 僕の持て余した時間と取り戻した元気が、簡単に沸き出た衝動に負けてしまうと、地面にいくらでも転がっている小石を拾い始めた。
 そして、ダンプさんとの会話に夢中になっている本橋さんが、道端に置いたリュックサックのポケットに僕はひとつふたつと石を詰め始めた。
 リュックを開けた時に突然石が出てきて驚くときの本橋さんの表情を想像して、ひとりで笑いをかみ殺していると、意識から消えていた隣のじんべー君が唐突に声をかけてきた。

 「お前、くだらないことやめろや。」
 僕はふと我に返ると、じんべー君に食い掛かるように言い返す。
 「お前には関係ないべ。」
 「関係あるとかないとかの問題じゃないべ。」
 すると後ろの倉田君も口を挟み
 「何やってるんだよ。」
 ちょろさんからは
 「自分のリュックだったらいやでしょ。」
 と、一斉に責められてしまった。

 俄にむくれて、何か言い返してやろうと身構えたとき、僕がいたずらをしていた事などとっくに知っていたと思しき様子ですでにリュックのポケットから石をつまみ出し、何事もなかったかのような表情の本橋さんが、大きな声で呼びかけてきた。
 「ほら出発だ、早く準備をしろ。」
 その声に救われたことは僕は直感的に理解をした。しかしそれでもどこか判然としない感情をかかえたままで、僕はしぶしぶと立ち上がった。

 そして、長蛇の列に引きずられるようにして再び歩き始めてはみたものの、このことによって、これから過ごす時間が悪い予感に染められてしまったような気がしたのだった。

 
 僕は歩きはじめるとむっと黙り込んで、どうしてこのような班編成になってしまったのかを考えてみた。
 おそらく単純に人数の都合なのだろうけれども、僕一人が下級生であることで、いつでも周りからいろいろなことを言われ易い、というこの状況が何とも遣り切れない気分にさせられていた。

 それにココというあだ名も嫌いだった。
 まるで動物か何かのように扱われているようで、呼ばれるたびに不愉快な思いがした。

 また、同じ班の子たちはみんな、以前にも参加をしたことがあるらしく、この後何をするとか、どこに何があるとかといった話題に興じているけども、初めて参加をする僕にはその分からない会話が、この不愉快さに拍車をかけているのだった。

 だいたい、この真夏の炎天下に体よりも大きく感じられるリュックサックを担いで、この砂利の登り坂を延々と歩くこと自体が、僕には絶望的に悲しいことのように思われるのである。

 「僕には不向きだな。」
 などと、無意味にひとりごちてみたりした。

 
 このキャンプに参加するに際し、半年以上も前から班の仲間とは月に一度くらいずつ、近くの児童公園などに集まって持ち物や食事の打ち合わせをしたり、みんなで遊んだりしてきた。
 だから、今ではすっかり打ち解けていて、緊張感などはほとんどないけれど、逆に僕のひとり下級生というポジションが完全に確立してしまっていて、何かにつけてやり玉に挙げられてしまうことになってしまっていた。

 ココというあだ名も何気ないことでつけられてしまったが、僕は絶対に嫌だと言い張ったのだった。
 しかし、みんなの強引な押し付けと、最後は本橋さんの「かわいいあだ名で似合っているし、慣れれば自分でも気に入ると思うよ。」という一声でそれが既成事実となってしまったのだった。


 「こんなあだ名なんて最低だな。」

 その時のことを思い出して、またひとりごちてみると、この声はとなりのじんべー君に聞こえたらしく
 「お前、まだそんなことを言っているのか、いいかげんあきらめろよ。」
 と、突っ込まれてしまった。
 
 「気に入らんものは気に入らん。」
 と、今度は大声を出すと、後ろから
 「決まったことなんだから、しゃーねーべ。」
 と、まるで大人の見識を述べるような調子で倉田君が口を挟んでくる。

 僕には、それがまた他人事のような口調に聞こえ、かっとなって
 「おまえらが押し付けたことだろ。」
 立ち止まって食って掛かると
 「あんた、いいかげんにしなさいよ。」
 ちょろさんが言いたいのは、僕のこだわりに対してなのか、それとも毎度のトラブルに対してなのかよく分からなかった。
 いずれにせよ、僕からすればこの下級生扱いの中から問題のすべてが生まれている、と思っているので、ちょろさんの非難もまた向かうべき方向が違うように感じられた。
 「なんで僕ばっかり。」
 所詮僕の年で表現できるのはこんなものだという事実を確認してしまったような、口から出たのはそんな自分でもがっかりするようなセリフだった。

 その時、班の一番後ろにいたしょうこさんが、すでに近くまで歩いてきていて
 「ココ、後ろが詰まってみんなが迷惑してるよ。」
 と、歩くことを促されながらも、僕が悪いという事実を高らかに宣言されてしまった。

 再びかっとなりながらもしょうこさんの指差すに合わせて周りを見回すと、確かに僕のところで急に列が乱れてしまっていた。
 「うん」
 はずかしさとくやしさとでしょげ返りながらも、僕は速足で歩き始め、とりあえず前の列に追いつこうとするのだった。



 更におもしろくないことに、どのくらいで着くのかを何度聞いても本橋さんは「もうすぐ」と答えるばかりで、どんなに歩いても一向に到着する気配はない。
 「案外あてにならない人だな。」
 と、思い今度は後ろにいるしょうこさんのところに行って、聞くことにした。
 「あと、どのくらい。」
 「そうだな、まだ半分までは来ていないと思うから...」
 「うそだろ!」
 そんなに驚くことを言ったのか、と自分のセリフを一瞬の間、反芻するような表情をしたしょうこさんに対して僕は畳みかけるように言った。
 「さっきから本橋さんはもうすぐだって言っていたぞ。」
 睨みつけるようにした僕のその表情を見て、しょうこさんも本橋さんの真意を悟ったのか、急に笑顔になると
 「うん、そうだわ。私の勘違いだった。あと、もうすこしで着くよ。」
 と、取り繕ってみせた。

 しかし、その時にはもう後の祭りで、僕には大人の狡さが途端に体に染み込むようにして分かってしまった。
 「そういうことか。」
 すると、それまでの様々な感情が堰を切ったように溢れ出てきて、どういう表情をしていいのか分からなくなってしまった。

 急に押し黙ってしまった僕にしょうこさんも慌てたのか、近くにいた中学生に
 「ちょっと本橋さんを呼んできて」
 と、促した。

 その声を合図に僕は踵を返すと、これまで登ってきた道を反対方向へと下り始めた。

「ココ、ちょっと待って。」
 すぐに隣に並びかけると、僕の腕をつかみ引き留めようとした。
 しかし、その手を僕は激しく振り払うと、その激しさに気圧されたしょうこさんが思わず手を放してしまったので、僕にはそこにとどまる理由もなくなってしまい、そのままスタスタと歩き始めた。

 
 突然大きな手が僕の肩をぐわとつかんだ。
 「ココ、どうした。」 声を聴くまでもなく、それが本橋さんであることは分かっていたのだが、人のいい笑顔でこれまで僕を騙して、結局はみんなと同じように晒し者にしていたのだと思うと、素直に返事をする気持ちも失せてしまっていた。
 僕はその手を激しく振り払おうと試みたが、ただ子どもの非力さを改めて実感しただけであった。
 それでも、もうすべてが気に入らないことでいっぱいの僕には、虚しくもその無意味な抵抗をし続けていた。

 その時、唐突にしょうこさんが本橋さんを非難し始めた。
 「本橋さんが悪いのよ。」
 その声にきょとんとなった本橋さんに
 「ダンプさんと夢中で話しているのはいいけれど、ココの言葉を適当に受け流して、それでココを傷つけてしまったのよ。」

 どういうことか、と目顔で問いかける本橋さんに簡潔にしょうこさんが説明をし始めた。

 やがて、要領を得たのか本橋さんが改めて僕に向き合うと
 「ココ悪かった。騙すつもりは無かったんだけど、ココが一番頑張れる言葉を俺なりに選んだつもりだったんだ。」
 「その件ばかりじゃないよ。みんな僕を下級生だからってからかって面白がっているんだ。」
 「ココ違うよ、それは...」
 言いかけたしょうこさんを制して本橋さんが
 「後で俺の方からみんなには言っておくから、とりあえず今は歩こう。」

 その言葉に納得した訳では無いけれど、これ以上どうすることも出来ずに、その判然としない感情は一旦棚の上に上げることにして、結局僕は諦めてまた前へ向かって歩き始めたのだった。
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