光の渦

子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

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3.信頼

 子どもたちの様子を一通り確認すると、僕も荷物を下ろして、改めてため息をつき軽く目を閉じた。
 すると、閉じたはずの瞼から、溢れんばかりの光がまなこの内側にまでに差し込んで来て、顔から体、やがて足の先まで全身を駆け廻って行った。
 僕は軽い眩暈を覚えて、それを振り払うかのように首を振ると、それまで全身をくまなく覆っていた火照りが体の内側から外側へとくるくると廻るようにして離れて行き、途端に今度は脱力感に襲われていた。
 そのまましばらくは、放心状態のような今の感覚を楽しんでみたが、次第に気力が戻ってくるのが感じられると、まずは拳をにぎりしめて、そこを起点にして全身を熾していった。
 
 広い駐車場の片隅に、僕たちは固まるようにして座り込み、何はともあれといった具合に疲れを癒していた。
 そして、そんな僕たちの様子を面白がるような表情で、自動車で先に荷物を運んできた本部組が悠然と見下ろしていた。
 役割柄、何ら問題が無いことではあったが、僕はなんとなく不愉快な気分になった。

 そんな彼らを僕は憮然とした表情で眺めていると、そこに並んで見覚えのある顔がなぜか僕以上に憮然とした表情で立っていた。
 それは記憶の中の姿から、ほとんど変わらないままの管理人さんであった。


 管理人さんの挨拶は、みんなの状態が落ち着いたころに始まった。
 やはり僕の記憶と変わらない、野太くも抑揚の不安定な声調で、鹿を始めとする野生動物保護の話や自然の中でのマナーについての注意が主なものであった。
 僕はふと、今でも子どもたちの間では、管理人さんが鹿の肉を食べているという冗談が流行っているのかということが気になったが、そういえば僕も子どもの頃はそれが冗談かどうかの判別がつかなかったことに思いが至り、心の中で苦笑をした。
 もっともかずし君という扇動者が居たことも確かで、それならば今でもかずし君は変わらないのだろうかと思い、また、指導者の立場になってみると、冗談の範疇を逸脱する程の扇動は困るとも思った。
 しかし、さすがにその辺りの分別は高校生のころとは違うだろうと考え直し、また先輩に対して失礼な想像になってしまったことに気づいて、再び今度ははっきりと苦笑したのが自分でもわかった。



 管理人さんの話が終わると、重い荷物を再び背負って、荷物よりももっと重い体を、疲れとともに一番重くなってしまった心とともに起ち上げて広場へと向かった。
 森の小道を抜けて、記憶にある木の棒を差し渡しただけの橋を越えて、やがて、心待ちにしていたその風景に再会をした。
 しかし、そこはイメージの中の風景よりずっと小さかった。
 子ども時代の僕には、そこはほぼ無限とも感じられるほどの広場であったが、今、こうして目の当たりにしてみると確かに広いけれど、それでも驚くほどのことではなかった。

 先程来感じていることではあるが、子どもたちと関わり、また僕自身の思い出が現実と重なるほどに、やはり僕の子ども時代は確実に終わっていて、より現実的に、より冷静に、より厳しく、有限の広がりを持った世界がそこにはあった。



 荷物の搬入、テント設営という、年を取って大人になっても変わらずに気が重い作業が始まった。
 案の定、すぐにあつしがぼやき始めた。
 しかし、すぐにジュンタが宥めてくれて、あつしもジュンタには素直に従うようで、僕は本当に助かるのだった。
 班全体の仕切りについても、僕の心もとなさを余所にまさこがテキパキと指示を出してくれるので、そういうところは気が楽であった。
 僕は少しづつではあったがこのキャンプを楽しむ余裕が出てきたことに気が付いた。
 

 しかし、そんな折に隣の班の中学生の子が突然僕を呼びに来た。
 「ねぇ、ココちょっと来てくれる。」
 僕は困惑をして尋ね返した。
 「どうした、何があった。」
 「テントの立て方がわからないの。」
 僕は取りあえず後のことはまさこに任せて、その子の後について行った。

 「かずひろはどうした。」
 その班にも大学生のスタッフが居るはずで、なぜわざわざ僕のところに来たのかが解せなかった。
 「わからない。」
 なんとも頼りない返事が返ってきた。

 
 作業が中途半端になったまま途方に暮れている班の子たちが、やるせない表情をして立ち尽くしていた。
 「誰も分からないのか。」
 一応聞いてみると、ただ首を横に振るばかりで、誰も一言も発しようとはしなかった。
 「ところでかずひろがどこに行ったか誰か知らないか。」
 それにも首を振るばかりであった。
 「それが分からないからココを呼びに行ったんだよ。」
 と、しごく当然のことを中学生の子が言った。
 「分かった、じゃあ早速説明をするからすぐに取り掛かってくれ。」
 とにかくも、取り掛からないと始まらない状況なので、かずひろのことは後回しにして僕はその班の遅れを取り戻すべく奮闘を始めた。


 ようやくテントが形になってきて、他の班よりも遅れてはいたが、何とかお昼ご飯に漕ぎ着けられそうな頃に、ひょっこりとかずひろが班に帰ってきた。
 「あれ、まだ立ってなかったか。」
 のんびりとした様子に僕は内心呆れてしまっていた。

 「かずひろ、どこに行ってたんだよ。」
 僕の食い掛かるような口調に動じる様子もなく
 「本部に用事があったんだよ。」
 相変わらず飄々とした様子で答えた。
 「どんな用事だよ。」
 僕はますます表情が険しくなるのが自分で分かった。
 「別にいいだろ。」
 今度は少しすねた様子で答えた。
 「良くはないだろ。この子たちが途方に暮れていて、俺を呼びに来たんだぞ。」
 「それはすまなかったな。」
 ちっともすまなそうには見えなかった。
 「なんで、本部に行くこととか、後の指示を出していかなかったんだよ。」
 食い下がる僕に、面倒そうな素振りで
 「急いでいたんだよ。」
 「だから何の用事だったんだよ。」
 子どもたちの目線が気にはなったが、僕は言わずにはいられなかった。
 「おまえに言うことじゃないよ。」
 「でも、こうして俺は迷惑を被ってんだよ。」
 「だから、それは悪いと思ってるよ。」
 やはりそうは見えなかった。
 「それに子どもたちに対する責任があるだろう。」
 「でも、班付きがひとりなんだからしょうがないだろ。」
 すでに開き直っている様子がありありと見て取れた。
 「だから、俺はそれを問題だと言ってたんだよ。」

 僕は言ってから、そういえばかずひろはほとんどミーティングには出て来てはいなかったことを思い出した。
 「だから、班同士の助け合いが必要だよな。今回は助かったよ。」
 結局、有耶無耶にされてその場を誤魔化されてしまったようであった。



 そんなドタバタが一日中続いて、僕は身も心も疲れ切っていた。
 だから、夜の散策に行くことは正直気が重かったが、それでも班の子どもたちは楽しみにしているようなので、僕は体を奮い立たせるようにして、出かける準備を始めた。

 すると、たちまちにあつしが
 「誰か僕の懐中電灯知らない。」
 と、言い始めた。
 「荷物をちゃんと整理しないからそうなるんだよ。」
 まさこの厳しい指摘が飛んだ。
 「そんなこと言わないで探してあげなよ。」
 ジュンタが言い返すと
 「探さないとは言ってないじゃない。ただ、あつしは整理整頓が出来ていないから、その注意をしてるんだよ。」
 まさこもむきになって言い返した。
 そんな言い合いの向こう側ではキャラコが一生懸命あつしの懐中電灯を探しているようだが、たちまちそこら中のものをひっくり返し始めた。
 「ちょっと、キャラコかえって散らかるからやめてよ。」
 それで、まさこの矛先が変わったようだった。

 そんなやり取りを、既に外に出ていた僕はテントの入り口から首を突っ込むようにして見ていたが、ふと外から声が聞こえたので、その声がする方に顔を向けてみると、バトとコウスケが我観ぜずといった具合で話し込んでいた。
 「ほら、二人ともあつしが困っているみたいだから、一緒に探してあげなよ。」
 僕が声を掛けると
 「でも、かえって僕らまでテントの中に入ると動きづらくなるから。」
 と、バトの冷めた答えが返ってきた。
 僕は少し感情的になってしまい、強めの口調で再度促した。
 「そういう問題じゃないぞ。こういう時は協力する気持ちが大切なんだよ。」
 僕の威勢にたじろいたのか、さすがに今度は黙ってテントの中に入って行った。

 
 森の中は、不気味なほどに静まり返っていて、時折木の幹にあまり気持ちの良くない生き物の姿を見るくらいで、暫く歩くうちに、子どもたちの探究心も徐々に萎えていくようであった。
 「ねえ、もう帰ろうよ。」
 とうとうあつしがしびれを切らしたようだった。
 「もう少しだけ行ってみようよ。」
 それでもまさこは物足りない様子であった。
 すると、あつしの隣にいたジュンタが無言であつしと手を繋いで目顔で笑いかけたようだった。
 するとあつしがホッとした表情をして、笑みを返した。
 その様子を見たまさこは、一瞬だけ嫉妬の表情を見せたが、すぐにまた元の無表情に戻ると進行方向に向きを変えた。
 
 その時、突然コウスケが
 「あれ何。」
 と、横手の方で声をあげた。
 全員がすぐに集まってくると、コウスケと同じ箇所に懐中電灯の明かりを集中させた。
 それは、木の幹の途中、ちょうどコウスケの顔の高さの辺りで、今、殻を破って飛び出そうとしているセミの脱皮の最中であった。
 子どもたちも僕も固唾をのんで見守る中、恐ろしいほどにゆっくりと、その見慣れない生体活動が行われていた。
 
 どのくらいの時間が経ったのだろう。
 ようやく、殻から抜けきったセミの青白い全身が、そのか細い生を晒していた。
 それまで、時を忘れて見入っていた僕たちだったが、僕はふと気が付くと
 「そろそろ照らすのはやめようか。」
 と、声を掛けた。
 「なんで。」
 あつしの不服そうな問いかけに
 「今は体が柔らかいので、敵に狙われやすい状況なんだ。だから、明かりで照らして目立たせるのはかわいそうだから。」
 と、静かに説明をした。
 
 「そうだね、折角無事に成虫に成れたんだもんね。」
 と、コウスケが真っ先に理解を示した。

 僕はそんなコウスケの反応を意外な思いで見ていたが、今までにない彼の豊かな表情を見て、もしかしたらこの体験をきっかけに、彼の心もまた脱皮をして、ひとつ大人に近づくための成長をしたのかもしれない、と感じていた。

 少なくても、興奮が冷めやらない今は、すっかり自分の殻を脱いでしまっているようで、帰りの道中はまるで人が変わったかのように、今見た情景を辺り構わずといった様子で話していた。
 そして、そんなコウスケにみんなが同調しているようで、班の中に始めてまとまりのようなものを感じ取っていたが、一人バトだけは、少し寂しそうな表情でそれを見ているようであった。



 子どもたちを寝かしつけると、本部テントに集まって、スタッフのミーティングが行われた。
 僕たちも、いい加減疲労の限界を来しているところなので、早めに切り上げるということで話し合いは始まった。
 今日の反省、明日の確認事項などが本部スタッフ主導で進められていったが、最後に各自コメントを求められると、それを待っていたかのように、こうた君が真っ先に応じた。
 「ちょっと、かずひろに聞きたいんだけど、おまえが高校生グループに居るのをよく見かけるんだけど、そこで何をしてるんだ。」
 最初から喧嘩口調であった。
 「人生相談にのってるんだよ。」
 かずひろは憮然として答えた。
 「その間、自分の班はどうしてんだよ。」
 「子どもの自主性に任せてるのさ。」
 放り投げるような口調で応じた。
 「そんなのただ放置しているだけだろ。」
 こうた君は許せないとばかりに声を荒げはじめた。
 「それはお前の考え方だろう。俺は俺のやり方で班を見ている。」
 かずひろはあくまで静かな口調であった。
 「それで、ココに迷惑をかけただろうが。」
 僕はそのことについてはまだ誰にも話していなかったので、どこかで見ていたのか、もしくは子どもたちにでも聞いたのだろう。
 「ココには謝ったよ。」
 僕は謝ってもらったとは思っていなかったが、とりあえず黙って成り行きを見守った。
 
 すると、突然かずし君が口を挟んできた。
 「わかった、俺がそれぞれと話す。もう遅いからみんな寝ろ。」
 その一言で、問題はもう解決をしてしまったかのように、みんなはあっさりと解散をしてしまった。
 僕は唖然としてすぐには動くことが出来なかった。
 そしてこうた君もまだ何か言い足りない様子でそこに居たが、すぐにかずし君に声を掛けられて外に出て行った。
 そのとき、僕も一緒に誘われたので、とりあえずついていくことにした。
 僕とこうた君はかずし君に連れられて、炊飯場の明かりの下へ移動した。
 
 「なあ、確かにかずひろの行動は問題があるけど、あいつがいないとあの班の担当がいなくなるし、あいつには明日にでもよく言っとくから、おまえらも大目に見てやってくれよ。」
 「でも、ほとんど班にはいないみたいだから、もうすでにあの班は担当がいないのと一緒だよ。」
 こうた君にはやはり納得がいかないようであった。
 「あいつなりの考えもあるかもしれないし、その辺は俺が明日よく聞いておくから。それより、おまえらが騒ぐと問題が大きくなっていくし、何よりもキャンプを無事遂行することが難しくなってしまうだろう。」
 問題がすり替わってしまっていることは分かっていたが、それでもかずし君が責任を持ってくれるというのであれば、それは信頼すべきだろうと思った。
 しばらくは誰も口を開かなかったが、やがて
 「明日、かずひろが考えを改めて、きちんと行動してくれるのであれば、僕は文句は無いよ。」
 こうた君もようやく妥協をする気になったようであった。
 僕もひとつ頷くと、班のテントへと戻って行った。



 翌日になってもコウスケの興奮は覚めていないようで、飽きずにずっと昨日見たセミの脱皮について話をしていた。
 あつしも負けじとばかりに同じ話を繰り返し話していたが、聞き手のジュンタはいちいちうなずいているようであった。
 まさこやキャラコもそれに加わって、何となくではあったが班のメンバーの関係性がはっきりしてきて、まとまりのようなものが出てきたようであった。
 しかし、コウスケが班の中心になるにつれて、バトの方はひとりで居ることも多くなり、意外に不器用な側面を晒していた。
 

 この日は朝食が終わると広場の真ん中に集まって、班対抗でゲームを行う予定であった。
 相変わらずセミの話でもちきりのメンバーは、あまり活動については興味が無いようであった。
 だから、僕は本当はこの子たちが興味をもてる活動をさせてあげたかったが、僕個人の願望で全体に迷惑をかける訳にもいかなかった。
 
 ゲームの説明がひとしきり行われると、その後は班ごとに作戦を立てる時間が設けられていた。
 今回のゲームは班の中でひとりが帽子をかぶり、決められた範囲の中で走って逃げて、それが取られたらその班は負けてしまうという内容のもので、それ以外の人は自分の班の帽子の人を守るか、他の班から奪いに行くかというものであった。
 誰が帽子をかぶって、誰がその人を守って、そして誰が他の班の帽子を取りに行くかということが作戦の主なテーマであった。
 僕は、ここに至ってもまだセミの話をしているメンバーの興味をどうにか活動に向けさせたいと思った。
 そして、ひとり浮いている感じのバトに発言を促してみた。

 「僕が考えるところ。」
 既に作戦を思案していたのか落ち着いた様子でバトが話し始めると、まるで作戦参謀のような雰囲気があって、それに巻き込まれるようにして、みんなが耳を傾け始めた。
 「このゲームはどれだけ帽子をとるか、ということではなくて、どれだけとられないで守れるかということが焦点になってくると思う。」
 「だから、最初は全員で守って状況を見極めて、残りがひと班かふた班になったところで、今度は全員で一気に攻勢をかけるというのが最も効率的だと思うんだ。」
 「どうせ、中途半端に守って守りきれるものじゃないから、そのくらい思い切っていいと思う。」
 その、理路整然とした話しぶりに誰も異論をはさまなかった。
 「そして、帽子をかぶる人は出来るだけ目立たない方がいいから、背の高い人よりも低い人で、しかも最後はずっと走って逃げることになるから、足が速くて体力がある人が理想的だね。」
 そこまで一気に話すと、みんなの顔を見渡した。

 すると、あつしが
 「僕は小さいけど体力には自信がないや。」
 と、言い始めると
 「僕は足が速くない。」
 と、コウスケがそれに次いだ。
 「私は目立っちゃうね。」
 まさこが言うと
 「じゃあ私やる。」
 キャラコが志願したが、
 「いや、どう考えても無理だろ。」
 あつしにあっさり拒否されてしまった。
 
 話は消去法で進んだ模様で、みんながジュンタとバトを交互に見ていた。
 すると、バトが
 「僕はこういう役目は向いていないから、必然的にジュンタがいいと思う。」
 その一言で決定したようであった。
 
 あとは、攻撃に移るときのタイミングとかどう分かれて攻めるかとか、または逃げ方についての意見交換を行った。


 ゲームが始まると、バトの思惑がピタリとはまり、各班ともに守りが機能しているとは言い難く、早くも逃げる人の資質頼みという構図になっていたが、僕たちの班だけは全員で固まって、他の班がつけ入る隙を与えていなかった。
 そして、期が熟したとみるや、バトの合図で一斉に攻勢に出たが、その頃にはすでに走りつかれていた他の班とはまるで勝負にならなかった。


 
 昼食を済ますと、午後からは班ごとの活動の時間になっていた。
 昨日のセミの感動のことを考えると、森に散策に出かけても良いし、今日の全体ゲームでのみごとなチームプレーを考えると、この広場に留まって何かをしても良いのかなと、楽しい思案が僕を悩ませるのだった。

 とりあえず、みんなの希望を聞くために班のメンバーと話し合っていると、そこに班の子たちを引き連れたこうた君が現れた。
 よく見ると、他の班の子も交じっているようで、結構な人数で押しかけてきたようであった。
 そして、僕は離れたところにこうた君に連れていかれた。
 「なあ、ココ悪いんだけどこの子たちも一緒に見ていてもらえないか。」
 僕はこうた君の表情と突然の申し入れに悪い予感がしていた。
 「何かあったの。」
 恐る恐る聞いてみると
 「かずひろだよ。」
 想像通りの固有名詞が聞こえた。
 「どうも、あいつの扇動で何人かが班をほったらかして高校生たちと屯しているみたいなんだわ。」
 「もはや、こんなのキャンプの運営になってないと思うから、ちょっと本部に行って直談判してくるよ。」
 それだけを言うと、さっさと行ってしまった。
 僕は引き受けたつもりは無かったけれど、僕まで子どもたちを放っておくことも出来ずに、その人数で活動せざるを得なくなった。
 さすがにそうなると、行動が限られてくるので、僕はとおるとモモコの班を誘って、みんなでダンスを踊ることにした。
 
 

 夕食の準備に取り掛かる時間になっても、こうた君はおろか、かずひろも他の僕が預かった班のスタッフたちも一向に帰ってくる気配がなかった。
 とりあえず、一時的にとおるとモモコにその場を預けて、今度は僕が本部に行こうとしたその時に、本部のスタッフである倉田君がやってきた。

 彼は、僕らを子どもたちから少し離れたところに連れて行くと
 「こうた達はまだ戻って来れそうにないから、悪いんだけど今居るスタッフで分担して、全員を夕食の支度に取り掛からせてくれないか。」
 「それは無茶だよ。目が行き届かないし、段取りの指示だってし切れないよ。」
 モモコの当然な反論があった。
 「無茶は分かっているけど、非常事態だと思って取り組んでくれ。」
 僕は状況の説明が全くないことと、僕らに押し付けるような本部のスタッフの姿勢に不満がわいてきた。
 「いったいどうなってるの。」
 とおるが僕の代弁をしてくれるかのように聞いた。
 「後で、ちゃんと説明はするから。」
 今は、何も話さないようである。
 「本部からヘルプには入れないの。」
 僕が口を開いた。
 「今はちょっと無理だね。」
 「なんで。」
 どう考えても納得がいくことではなかった。
 「後で説明するから。」
 結局、その一点張りで終始してしまった。


 僕たちは頭を抱えるようにして、子どもたちの方に歩いて行った。
 すると唐突にとおるが
 「倉田君は班についたことがないらしいよ。」
 その呟くような一言に僕は驚いた。
 「それで、班の子を全て俺たちに任せるってこと。」
 「自信がないのかもしれないね。」
 僕は呆れてしまっている自分を自覚しながら
 「非常事態だって本人が言っていたぜ。」
 それにはモモコが
 「私たちを説得するための方便だったのかもね。」
 そんなやり取りをしている内に、それぞれが事情を抱えているに違いない、他のスタッフに関する疑問はもはや湧いてもこなかった。

 

 きっと、子どもたち以上に混乱をしていた僕たちは、正直何をしているのかという自覚すらないままに、どうにか夕食を済ませ、後片付けまで漕ぎ着けることが出来た。
 大きな事故が無く、無事その時間を乗り越えたことに僕は安堵をしていたが、その頃には完全に疲労困憊であった。

 暫くすると、本部から再び倉田君がやってきて、予定からだいぶ遅れてしまっていることを誰ともなしに宣言しているようだった。
 しかし、もはや誰もが彼の言葉に耳を傾けようとはしなかった。

 僕は、何かを考える余裕のない自分に諦めを覚えていたが、それでもそれは休めばすぐに回復をするものだということを知っていた。
 しかし、一度覚えてしまった不信感は、どうすれば拭えるのかということを僕は知らなかった。



 組み木を囲んでの最後の夜のお祭りに僕は懐かしさが胸を過ったが、目の前の現実は、子どもたちでさえも敏感にスタッフの異常な事態を察知している様子で、どことなく白けた雰囲気が辺りを漂っているようだった。
 また、相変わらずこうた君たちやほとんどの本部の人たちの姿が見られない中で、本当にこのまま進めるつもりなのだろうか、ということが僕には不思議であった。

 その時、突然に広場の端から大きな声でなにかを叫びながら、何人かの人がこちらに向けて走ってきていた。
 「みんな立て、立って大声で叫んで走れ。」
 おおよそそのような叫びを発している人たちと
 「みんな待て、静かにその場で合唱をするんだ。」
 ということを言っている人たちがいた。
 近づいてくると、主に本部のスタッフたちであったが、そこにはなぜかかずひろたちの姿もあるようであった。
 僕は何がどうなっているのか、本当に分からなくなってしまった。
 当然子どもたちも、急な出来事に唖然としていると

 「風の霊たちが僕たちの激しい運動を欲しているんだ。」
 という主張と
 「土の霊たちが静かな礼拝を望んでいるんだ。」
 という要求がそれぞれ一人の人からなされていた。

 その芝居がかった様子に、みんなが固唾をのんで見守っていると、遠くから今度はゆっくりと火のたいまつを掲げた人が近づいてきた。
 その間にも風の霊と土の霊のディベートは続いていたが、その不毛なやり取りには当然終わりがあるとは思えなかった。

 ようやく、その前までたどり着いた火のたいまつを持つ人は、ゆっくりとした口調で
 「今日、ここで一番困ることは、ここに雨の霊が現れること。」
 と、話し始めると、風の人も土の人もそれに同調して大きく頷いた。
 「諸君らはどうかね。」
 全体にも話しかけているようだったが、それには誰かが大きな声で
 「今は雨に降られると非常に困る。」
 と、みんなを代表するようにして答えていた。
 「ゆえに、今は大きくこの火を掲げよう。」
 大きくそのたいまつを空に掲げて見せた。
 「しかる後に、土の霊を安んじ、風の霊を楽しません。」
 
 一呼吸置いたのちに
 「この案やいかに。」
 と、問いかけると土と風の霊で駆けてきた人たちが
 「おー。」
 と、大声で答えていた。
 
 再び一呼吸を置くと
 「この案やいかに。」
 と、全体を見渡して呼びかけていた。
 今度は子どもたちに交じった何人かのスタッフも声を合わせて
 「おー。」
 と、答えていた。

 更に繰り返すと、徐々に子どもたちも一緒になって
 「おー。」
 と、答え始めていた。

 そして、全体がその絶叫に乗って来た頃、何回目かのその「おー。」の掛け声に合わせて組み木にたいまつを投げ入れた。
 
 「さあ、この地を讃える夜の祭りの始まりだ。」
 と、いう掛け声を合図に拍手が起こった。
 
 
 続いて、土の霊の人が前に出てきて、みんなでいくつかの歌を歌った。
 静かな歌からノリの良い歌へと移行して、最後に立ち上がり肩を組んでの大合唱となった。

 正直、夕方までのアクシデントで僕は、早く活動を切り上げて休みたいと思っていたが、周りの雰囲気に乗せられるにつれて、どこからか気力も体力も湧いてきて、どういうわけか次第に気分が晴れて行った。
 そして、それまで感じていた本部スタッフに対する不信感などはなぜか他人事のように思えていて、むしろ僕は僕の活動に集中することを今後のために思っていた。

 そのように開き直ってみると、まるで霧が晴れるように僕の頭の中が急激に整理されていった。
 それは、運営面の問題は企画の魅力で拭えるが、逆に魅力ある企画が在ったが故に運営面を怠惰にしていったということで、それならばこれまでのこのグループの歴史があってここに至っている訳だから、到底僕一人が騒いだところでどうこう出来るような問題では無いとその思考は結論付けられた。

 
 そんなことを考えているうちにいつのまにか大合唱が終わっていて、充分にみんなの気分が高揚してきたのを見図らって、司会者が風の霊の人に代わった。
 今度は湧きあがってきた熱気を全身で楽しめる指向で勢いよくダンスを踊った。
 それは、今日の日中にも踊ったものだったが、夜に火を囲んで、しかも端から興奮状態で踊るダンスは、まるで昼間とは違うことをしているかのようであった。
 
 そうして、みんなの気分が最高潮を迎えたころ、再び火の霊の人が前に出てきた。
 
 「さて、諸君。ここまで火、土、風と三つの霊を讃えてここまで来たが、最後に今日、この時に、この空のどこか遠いところで静かに見守っていてくれた雨の霊たちにも、お礼の印を捧げよう。」
 
 そういうと、僕にはとても懐かしい、昔も最後に踊った繰り返しの踊りを始めた。
 子ども時代に何回も何回も、疲れきるまで踊ったあのフレーズであった。

 僕は踊り始めながら、周りの子どもたちをそっと見渡してみた。
 みんな、ここまでの興奮がそのままに高揚して赤くなった顔で、夢中になって踊っていた。 
 しかしそれは、やがて回数を繰り返すうちにその興奮が疲労へと移ろっていくことは分かっていたが、こうして終わることによって、子どもたちの安眠を誘発していることが、今の僕には理解ができた。


 そして、最後は大人になった僕でも本当に辛いと思うほどに踊りきったところで、ようやく終わりになった。
 僕はその場に座り込むと、目を閉じて呼吸を整えることに集中しようとした。
 相変わらず体はふわふわと踊り続けているような錯覚に取りつかれ、上下に揺れながら、クルクルと大きな輪を描いて宙を漂っているようであった。
 いつまで、そんな状態が続くのか、ふと不安になった頃に、ようやく呼吸が落ち着きを取り戻し、体の感覚もゆっくりと地面に着地をした。
 僕はそっと目を開けると、周囲の人たちも少しずつ落ち着いてきているようであった。
 僕は、無心のまま自然に両手を打ち鳴らし始めた。
 すると、周りにもまるで潮が海岸線に満ちていくような、そんな性急さで拍手の波が伝播していった。
 僕はその瞬間だけは子ども時代の僕に戻ったような感覚であった。
 それは、このキャンプの間中ずっと感じていた、子ども時代との感覚のギャップが初めて埋められたように思えたのだった。
 そして、再びこの感覚を呼び起こすためには、また、ここに来るしかないのかな、となんとなく思っていた。

 
 
 僕には、もうその予定調和的なミーティングには何の価値もないことが分かっていた。
 だから、こうた君が家庭の事情で急に帰ったこととか、かずひろ達が夜の準備に追われていたことなどの説明がされても正直どうでもよい気分だった。
 それが言い訳であることは、誰もが分かっていたが、今更そこに言及をしても全くの無駄だった。
 もはや、運営面でのこのチームの行き詰まりは、それをここまで誤魔化してきた過去の積み重ねを伴って、限界まで来てしまっているように僕には思えた。
 だから、質問などで余計な時間を費やすことなく、さっさと就寝をしたかった。
 みんながただひたすらに疲れていた。
 そして、その疲れに充実感が伴われることは無いようであった。



 それでも、朝が来ると昨日の出来事などはすっかり忘れてしまったかのような快活さで、子どもたちの笑顔とともに気分良く起きることが出来た。
 班の中に居る時は、本当に僕は居心地が良かった。

 あつしの早起きにみんなが引きづられるように起きたので、そのまま朝の散歩に出かけることにした。
 僕はふと子ども時代を思い出し、昔クワガタをいっぱい見つけたあの街灯の下にみんなを連れて行くことにした。


 そこに着くまでは、正直、まだ昔のままにクワガタが来ているのか、不安の方が大きかったが、いざ着いてみると昔と変わらない風景がそこにはあった。
 そんな様子に班のみんなは夢中になってクワガタを捕まえていた。
 「ココの班で僕は本当に良かったよ。」
 思わず涙が誘われるようなセリフをコウスケが言った。
 僕もこの子たちと一緒に活動出来たことを心から感謝していた。
 そして、この三日間を通じて、最も成長させてもらったのは実はこの僕かも知れないとも考えていた。

 しばらくみんなが夢中になってクワガタを捕まえている様子を見ていたが、僕はふと思い出すと
 「みんな、最後は逃がしてあげよう。」
 昔誰かに言われたセリフをなぞる様にして、しゃべっていた。
 「どうせ、そんなに飼いきれないし、自然のものは出来るだけ自然に戻してやろう。」

 それには真っ先にコウスケが答えた。
 「そうだね、ココの言うとおりだね。」
 すると、あつしが
 「また、来年ここに来れば見れるものね。」
 と言った。
 「あたしもまた来る。」
 キャラコが続くと
 「出来ればまた同じメンバーがいいね。」
 まさこが言った。
 「ココがきっとそうしてくれるよ。」
 ジュンタの無茶な期待に僕は
 「それはちょっと答えられないかもしれない。」
 苦しい思いで答えた。
 すると、それまでは黙っていたバトが静かな口調で
 「僕もまたココやみんなと一緒にキャンプがしたい。」
 そう言ったその眼には、この三日間の思いが感傷を呼んだのか、ひと粒の大きな涙が浮かんでいた。
 それは、登り始めた朝の陽に輝いて、とても美しく光っていた。
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