光の渦

子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

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3.噂の真相

 キャンプ場の入り口は相変わらずの砂利敷きで、そのまま広い駐車場になっていた。
 僕らはそこに思い思いの姿で腰を下ろすと、これ以上は動くことを拒む足をまずは投げ出して、ここまで歩き切った達成感と、もうこれ以上歩かなくても良いという安堵感から、急速に湧いてきた充実感に心行くまで浸るのだった。


 しばらくすると、ようやく疲れも取れてきたので、さてこれからどうしたものかと顔を上げると、なぜか僕だけ班のみんなとは少し離れたところで、知らない人たちの中に紛れ込んでいることに気が付いた。

 なぜ、そうなったのかはよく思い出せなかったけれど、大人の人たちでさえもどこか疲れたような表情をみせているところをみると、無事に到着したことでなし崩し的に無秩序な休憩に入ってしまったようであった。
 そんなことを漠然と考えていると、僕の頭の中の霧を引き裂くような唐突さで目の前にひとつの見知らぬ大きな顔が突き出された。
 「なあ、このキャンプ場は鹿がたくさんいるの知っているか。」
 当然そんなことは知る由もないので、僕は驚きから覚めやらぬ表情のまま無言でかぶりを振った。
 「鹿の肉ってうまいらしいぜ。」
 よだれでも出てきそうな表情をして、彼は言った。
すると、近くにいた同年代の女の人が
 「かずし、またそんなことを言って、小学生を洗脳しちゃだめだよ。」
 かずしと呼ばれた人は、その女性に向き直ると少しむきになりながら言い返した。
 「俺は事実を言っただけだ。鹿はたくさんいるし、鹿肉はうまい。」
 「そのふたつを並べるところに問題があるんじゃない。」

 まだ何かを言い返そうとするかずし君を遮るようにして、前方から鋭い声が響いてきた。
 「さあ、管理人さんからご挨拶をいただくから、みんな整列して静かにするように。」

 不満げな表情のかずし君を横目に、僕は班の仲間のところまで行くと黙って座り込んだ。


 おじいさん、という年齢がいくつくらいの人から当てはまるのか、僕にはよく分からなかったけれど、その管理人さんは、細身ではあってもとても健康そうで頑強という形容詞がぴったりと当てはまるような容貌をした、かなり頑固そうな雰囲気のおじさんとおじいさんの中間くらいの年齢の人だった。
 あまり、話をするのは得意ではないようで、少し不安定なリズムではあったが、それでもまるで彼の生き方が滲み出ているような、そんな芯の通った力強い話し方であった。

 「先ほど鹿の話をしていた輩がいたと思うが、ここの鹿は見守るべきものであり、それを捕って食べようなどとはとんでもない話だ。」

 僕の頭の中にはその時首をすくめたかずし君の顔が浮かんできて、少しおかしくなった。
 そして、実際はどんな表情をしているのかを確かめたくなり、首をまわしてかずし君の姿を探してみた。
 しかし、すぐにしょうこさんの手が僕の肩に乗せられて、無言での注意を受けてしまった。
 しかたなしに静かに話を聞いているふりをしては見たものの、もう既に管理人さんの話などはひとつも頭の中に入ってはこなかった。


 ようやく、オリエンテーションも終わり、キャンプ場へと移動することになった。

 僕は立ち上がるとすぐにかずし君の姿をみつけて、彼に近寄って行った。
 「鹿のこと、怒られちゃったね。」
 すると、かずし君はなぜか確信めいた表情をして
 「自分は夜な夜な鹿肉を食べているくせによ。」
 と、吐き捨てるように言い放った。

 「ところで、おまえ、本橋さんとしょうこさんができているの知っているか。」
 僕には、その言葉の意味が分からなくて、なんとも要領を得ない反応になってしまうと
 「つまりあの二人が付き合ってるってことだよ。」
 と、とどめを刺すように言った。
 それでも、僕にはよく分からなかったけれども、その雰囲気から少しあてずっぽうで
 「それはあの二人が恋人同士ってこと。」
 と、自信のない声で聞いてみた。
 「そういうことだ。」
 それにもやはり確信めいた様子で答えた。
 「でも、お前これは内緒だからな。」
 それは、とんでもない秘密ごとであるかのような表情をして迫ってくるのだった。
 「うん、わかった秘密だね。」
 そう答えながらも、ふと頭に浮かんできた疑問が口をついで出た。
 「でも、本橋さんはいつもダンプさんと話をしているよ。」
 「だから、うまいんだよ。だいたいあんな相撲取りみたいな女と本橋さんが付き合うわけがねえじゃねえか。」
 今度はかなりひどいことを言い始めた。
 「それに、おまえ今度よく見てみろ。しょうこさんがいつもそれにやきもちを焼いているから。」
 やはり、僕にはよく分からなそうだな、とかずし君と並んで歩きながら心の中でそっとつぶやいた。

 
 森の中を縫うようにして走っているけもの道をしばらく歩くと小さな小川が横切っていて、そこには木の棒が何本か渡してあり、それがその小川を渡る橋の代わりになっているようだった。
 滑らないように気を付けながらもその橋を大股の三歩ほどで渡りきると、その先は急に視界が大きく開けていた。

 決してなだらかとはいえない傾斜の広場ではあったが、一面芝生で覆われていて日当たりが好く、とても気持ちの良い場所であった。
 そして、そこがこれからの3日間、僕たちが生活をする場所であった。



 荷物の搬入、テントの設営と気がめいる作業が再び続いて、改めて疲れを意識しながらも、先ほどのかずし君の言葉が少し気になり、僕はときどきしょうこさんの表情を盗み見ていた。
 しかし、特別変わった様子もみられず、次第にそんなことは忘れていった。
 そうなるとやはり、この退屈な作業に意識が戻ってきて、段取りも分からずに周りから「ロープをちょっと押さえていろ」とか「タープの端をもっていて」などと命令されるばかりで、僕は徐々に苦痛を感じ始めていた。

 「ねえ、いつになったら出来るの。」
 と、誰ともなしに聞いてみた。
 しかし、それには誰も答えてくれなかったので
 「キャンプつまんないよ。」
 と、続けてぼやいた途端に周りから刺すような視線が集まってきた。
 「おまえばかりがつらいんじゃないんだよ。」
 「みんながんばってんだろ。」
 「口よりも手を動かしなよ。」
 案の定いつもの通り集中砲火を浴びてしまった。

 そういえば、さっきの約束はどうなったのかと本橋さんを探してみたが、こんな時に限って近くにはいないようであった。
 しかし、代わりにしょうこさんが
 「ココは初めてだから段取りが分からないんだよ。」
 と、すぐにかばってくれた。
 「でも、ココがぼやくと私たちまでやんなってくるのよ。」
 ちょろさんもすかさず反論をした。
 「そうね、みんなもココもお互いを分かってあげないとね。」
 と、結局しょうこさんは、特に僕の方に向けて言っているようであった。
 僕は口をとがらせてみたが、どう言っても結局自分に跳ね返ってくるという現実をここまでの時間で嫌というほど思い知らされていたので、それ以上は何も言わないことにしたのだった。



 テントの設営が終わると、僕はさっき来たけもの道を少し戻ったところにあるトイレへと向かった。
 形ばかりは壁の様を呈している板張りの内側に入ると、そこには偶然かずし君が居て、用を足していた。
 僕もとなりに並んで用を足し始めると
 「今晩、抜け出して鹿を捕まえに行こうぜ。そして、うまいところだけを切り取って焼いて食っちまおうぜ。」
 唐突にそんなことを言い始めた。
 いったいそんな途方もないことをどうやってやるのか僕には見当もつかなかったが、しかしそれは、とても素敵なたくらみに思えた。
 「でも俺たち二人だけじゃもったいないから、おまえ仲間を集めておけ。」
 僕は黙ってうなずき、その時が来ることがとても楽しみに思えた。

 先に済ませて待っていてくれたかずし君と並んで壁の外側に出ると、なぜかそこには管理人さんが立っていた。
 「おまえら先ほどのわしの話を聞いていなかったのか。」
 僕らの姿を認めると、ものすごい剣幕で怒り始めた。
 「ここに居る鹿は見守るべきものであり、食べても捕まえても、脅かしてもいけない。」
 頭から起っている湯気が見えるほどにかんかんになって、僕らは一言の弁解さえも許されずに一方的に怒られてしまった。

 時折、近くを通りかかる人もいるのだが、例えそれが大学生のスタッフの人であっても、触らぬ神に祟り無しとばかりに決して近づいては来なかった。

 暫くして、項垂れている僕らの様子に反省の色をみたのか何度も念押しをされた上で、ようやく解放された。

 「まいったね。」
 僕はかずし君に笑いかけたが、そんな僕の言葉など聞こえなかったかのようにかずし君は難しい顔をして、さっさと行ってしまった。

 仕方がないので僕も広場に戻ろうと歩きはじめると
 「災難だったね。」
 と、横から誰かが話しかけてきた。
 顔を見ると、先ほど駐車場でかずし君の近くにいた女の人だった。
 僕がきょとんとしていると、その様子を察してか自己紹介をしてくれた。
 「ねぇ、私ミミっていうの、ココとちょっとあだ名が似ているでしょう。かずしと同じ高校生グループなんだ。」
 そして、それからは一方的に
 「かずしの小学生の頃って、やっぱりやんちゃで、どこにいても目立つ子で、ちょっとココと似ているところがあったような気がするんだよね。」
 なぜ、そんな話を始めたのか、また、なぜこの人は僕のことをそんなふうに知っているのか、僕にはよく分からなかった。
 「だから、なんとなくココを構いたくなるのかもしれないけど、こんな風に巻き込んじゃうのはね。」
 「でも、班の人といる時より僕は楽しいよ。」
 僕は正直なところを話してみた。
 「班の人とうまくいってないの。」
 それにはどう答えたらうまく伝わるのかが難しいと思った。
 とりあえず、肯定の意味でひとつうなずいてみせると。
 「そっか、それなら暇なときには高校生グループのテントに遊びにおいでよ。かずし以外は女の子ばっかりのグループだからかずしはほとんど班にはいないけど、私は大歓迎だからね。」
 そんな話をしていると、僕たちはいつの間にか広場まで来ていた。
 僕はミミさんにバイバイをすると、班の仲間のところへと戻って行った。



 お昼ご飯は持参したお弁当を班ごとに食べた。
 僕たちの班は広場の端の方の木陰になっているところに固まって食べることにした。
 川のせせらぎの音が随分近くに聞こえて、それだけでも涼しく感じられる場所であった。
 僕は、家を出る前に母親に握ってもらっておいたおにぎりをがっつくようにほおばると、無心で食べ始めた。
 班のみんなもよほどお腹がすいていたのか、暫くはほとんど会話もなく、食べることに夢中になっているようだった。
 
 ひと心地がついて、お菓子などをつまんでいると、じんべー君が中心になって噂話をし始めたが、僕にはそこに出てくる名前や出来事がさっぱり分からずに、ほとんどの話がちんぷんかんぷんだった。
 僕も本橋さんとしょうこさんの話をしてみようかと思ったけれど、本人たちの前で話をするのはなんだか悪い気がしたし、それにかずし君と交わした約束も思い出してそのことについては黙っていることにした。

 そのうちに
 「ここの管理人さんて、キャンプ場の中で鹿の話をしていると、どこにいても突然現れるらしいぞ。」
 と、先ほど僕が散々な目にあったことを知ってか知らずかそんな話をし始めた。
 「盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないか。」
 倉田君もその話に乗り始めた。
 「きっとあの管理人さんとそっくりの兄弟が何人もいて、みんなそこらじゅうで見張っているのよ。」
 ちょろさんまでもがそんなことを言い始めた。

 そこで、僕は気になったことを聞いてみた。
 「ねぇ、その話どこで聞いたの。」
 「高校生の人が言っていたらしいよ。」
 それで、この噂の出所がかずし君であることが分かった。
 そして、なんとなくではあったけれど、僕に話をしたようにかずし君がいろいろなことをいろいろな人に話をしているのではないかと思えた。
 それならば、本橋さんとしょうこさんのこともとっくにみんなが知っているに違いないと思い、先ほど得意になってその話をしなくて良かったと胸を撫で下ろした。

 そんなことを考えていると、傍らのじんべー君はそのかずし君とそっくりの口調で
 「でも、あの管理人さんって自分では毎晩鹿肉を食べてるらしいぜ。」
 と、言い放ってしまった。
 「こら、じんべー、そんなこと言っちゃだめだぞ。」
 それまでは静かに話を聞いていた本橋さんだったが、そこはきっぱりとした口調で注意をした。


 
 ご飯を食べ終わっても、班のみんなはその場で横になって、相変わらず噂話などに興じていた。
 僕は、その分からない話にはすっかり飽きてしまい、その場にじっとしていることにも耐えられなくなって、その辺りをひとりでぶらぶらと散策し始めた。

 広場の両端を埋めるようにしていくつものテントが立ち並んでいる姿は、なんとも壮観であった。
 相変わらず、蝉はサワサワと鳴き続け、小川はサラサラとその存在感を示していた。
 強い日差しは一面の緑に強烈に照り映えて、起ち上る蜃気楼を思わせる程に揺れながら、美しいこの世界を形作っていた。
 それからの僕が夏を思い起こす度に一番に浮かび上がる一枚のスナップショットがそこにはあった。
 でも、その決定的な瞬間を経験したその時には、僕にはきっと(非日常ではあっても)なんでもない背景のひとつでしかなかったのだろう。

 僕はその風景の中を飛ぶようにして歩きまわった。


 幾つ目かのテントのそばを通りかかった時に、割と近いところから突然僕を呼ぶ声がした。
 僕は声のする方へと近づいていくと、そこには案の定ミミさんが何人かの女性の人たちと、木陰になっている芝生の上で輪になって座っていた。
 「私の彼が来てくれたみたい。」
 そんな風に僕は紹介をされたが、それよりも僕は彼女たちが手にしているトランプの札の方に興味を覚えていた。
 「ねえ、何してるの。」
 「ウィンクハントっていうゲームをしているの、ココも一緒にやろっ。」
 おそらくは途中であろうゲームを僕のために一度終わりにして、それからルールをひとつずつ丁寧に教えてくれた。
 要するに鬼は他の人にばれないように、ひとりずつウィンクをして倒していく、というものであった。

 僕はあまり上手くは出来なかったけれど、ここにいるとなんとなくみんなから歓迎をされているようでとても居心地がよかった。
 「高校生はどうして班に入らないの。」
 それまで疑問に思っていたことを聞いてみると
 「私たちにもよく分からないけど、キャンプ本部の見習いみたいな感じなのかな。」
 「ふーん。」
 僕にはもっと分からなかった。
 「でも、私たちは本当は班に入りたいのよね。」
 「どうして。」
 「だって、その方が楽しいじゃない。」
 「そうかな。」
 僕にはそれが一番分からなかった。
 「そういえばココは班の人たちが好きじゃないみたい。」
 ミミさんの言葉に他の人たちも興味深そうな表情をした。
 しばらく僕は考える様子をしてから慎重に答えた。
 「なんか僕だけすごく子ども扱いされるんだよ。」
 僕なりに確信部分を伝えたつもりだったが、上手く伝わったのかどうかは分からなかった。
 そして、しばらくは誰もが口を閉じていたが
 「相性の問題だよ、きっと。」
 誰かがそう言うと、みんなしてそうだと言うように軽くうなずいた。
 「私たちはココが来てくれると楽しいのにね。」
 僕は嬉しくなって
 「僕もここに居るのが一番楽しい。」
 「ココはここにいよっ。」
 誰かの言葉にすかさず
 「やーだだじゃれ。」
 と、囃し立てる声でみんながコロコロと笑い転げるのであった。

 僕はそんな雰囲気がとても楽しくて、本当はずっとここに居たかったけれど、僕を探しに来たしょうこさんとともに、いつもの班へ戻っていかなくてはならなかった。



 午後からは班対抗のゲームを行った。
 班のみんなにとってはおなじみのゲームであるようだったが、僕には初めての事なので、ルールやコツをつかむまでに少し時間が必要だった。
 そして、ようやくコツをつかんできたと思うと、次のゲームに移ってしまい、どうにも消化不良であった。

 最後に全体で二チームに分かれてハンティングゲームというのを行った。
 僕はここでこれまでの淀んだ気分を払拭しようとして、じんべー君にどうしたらいいかを相談した。
 すると、
 「スタートしたら、敵に捕まらないように思いっきり敵陣まで走り抜けろ。」
 と、教えてくれた。
 「うん、わかった。」

 ゲームが始まると、僕はじんべー君のアドバイス通りに、小さな体を活かしたフェイントで見事に敵陣地まで走り抜けた。
 そして誇らしげに周りを見渡すと、近くにいた敵の人に突然タッチをされてしまった。
 「はい、アウトね、ゲーム終了だから、このままここで座って待っていてね。」
 と言われたが、その急激な展開に頭がついていけずに、僕はその言葉が何を意味するのかが分からなかった。

 そこで、言われた通りにそこに座ったまま様子を見ていると、みんな相手を捕まえては自分の陣地へと引っ張り込んでいた。
 つまり、僕はルールが分からずに勝手に相手の陣地まで捕まりに行った、という訳であった。



 ゲームが終わると、僕は真っ先にじんべー君に取っ組みかかっていった。
 一瞬驚いた様子のじんべー君であったが、それでも体の大きさを活かして逆に僕を組み敷こうとした。
 四年生の中でも特に体の小さな僕と、平均的な体つきの五年生のじんべー君とでは力の差が歴然としていた。
 僕はこのままでは抑え込まれてしまうと思うと、反射的にじんべー君の腕に噛みついていた。
 そして、殴られても引き剥がされそうになっても、とにかく意地になって噛みつき続けた。
 すると、さすがのじんべー君もよほど参ってしまったのか、突然大きな声をあげて泣き始めた。
 
 その声に弾かれるようにして、僕はじんべー君から離れた。
 すると、僕を引きはがそうとしていたのか、大学生の人たちがその反動で僕と一緒に転がってしまった。
 やれやれというように起き上がると、案の定僕たちの周りには大きな人だかりが出来ていた。
 そんな中で僕はどうしたらいいのかが分からずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 すると、人だかりをかき分けるようにして、本橋さんが現れた。

 僕を人のいない方へと連れて行くと、どういうことかと事の顛末を聞いてきた。
 僕は素直に一連の出来事を話した。
 少し困った様子をした本橋さんだったが
 「でも、じんべーが血を出していたからな。そこのところは謝っておけよ。」
 と、僕に言い置くと、ようやく泣き納まってきたじんべー君の方へと歩いて行った。

 そして、みんなの前で仲直りの握手をしたものの、僕にはなんとなく釈然としない気分であった。


 
 夕食の支度が始まると、僕には本橋さんが付きっ切りでかまどの火起こしを教えてくれた。
 教わった通りに手順を熟すと面白いように火が燃え盛った。

 班のみんなは僕一人にかまどを任せると、みんなして料理に精を出していた。
 
 一度かまどに火がついてしまうと、途端にやることがなくなってしまって、僕は時間を持て余していると、かまどの外にこぼれている炭の欠片が目についた。
 そこで、その炭を使って、かまどに自分の名前を書いてみた。
 思った通り、かまどの壁にしっかりと書けてとても満足をした。
 しかし、それにもすぐに飽きると、再び時間を持て余してしまい、改めて周りを見回してみた。
 すると、隣の班の子が火がつかなくて悪戦苦闘をしている様子が目についた。

 そこで、早速本橋さんから教わった手順を持ち出して手伝ってみると、やはり順調に火が起っていった。

 
 一足早く料理が済んだその隣の班が、炒めものをはじめると班の子たちは炒めるそばから食べ始めた。
 僕はうらやましくその様子を見ていると、その班の大学生の人が
 「ココも手伝ってくれたのだから、よかったら食べな。」
 と、言ってくれた。
 僕は喜んでいただくことにした。

 とても空腹だったせいか、食べるその手が止まらなくなると、先程火起こしをしていた子から
 「そんなに食べるほど手伝ったか。」
 と、指摘されてしまった。
 「いいから。」
 と、大学生の人は言ってくれたが、さすがに僕はそれ以降は控えることにした。

 
 ようやく僕の班の料理も出来上がり、食べ始めるころになると、今度は僕は先に食べてしまったせいで、ほとんどお腹は満たされてしまっていた。
 「ココどうした、食が進んでいないんじゃないか。」
 本橋さんが言うと
 「ココは先に食べてるのよ、私みちゃったもん。」
 と、ちょろさんが口を差し挟んだ。
 「僕らの料理は口に合わないか。」
 じんべー君が絡むような口調で言うので僕は睨みつけてやった。
 「じんべーそういう言い方はやめろ。」
 本橋さんにも怒られて、じんべー君はそっぽを向いてしまった。


 みんながすっかり、食べ終わって、それぞれ洗い物をしていると僕の隣にいたしょうこさんが、声をかけてきた。
 「ココ、ちょっとこっちに来てもらえる。」
 僕はなぜ呼ばれたのか分からずに、人の姿が見えない物陰へと連れて行かれた。

 「ココはこの班で活動をしていて楽しい。」
 心配そうな顔をしながらしょうこさんが聞いてきた。
 「あまり。」
 僕は簡潔に答えた。
 「どうしてこんなことになってしまったんだろう。」
 僕に何かを考えさせるようにして問いかけてきた。
 「やつらが僕を下級生扱いするから。」
 僕は分かりきったこと、とばかりに答えた。
 「そうね、でもそうじゃない場合もあるんじゃないかしら。」
 それには僕は分からなかったので、正直に分からないと答えた。
 「こんなことじゃあ、ココも班のみんなも楽しくないと思うの。だから、班のみんなにも気を付けるように注意をするから、ココももっとみんなと仲良くできるように努力をして。」
 「うん、わかった。でも高校生の人は相性の問題だって言っていたよ。」
 それにはしょうこさんは困ったような顔をしていたが
 「そうとばかりは言えないわよ。努力は必要よ。」
 と、強く否定をした。

 「そういえばミミがココとつきあっているなんて言っていたわね。」
 それが、何を指すのかを理解するために僕は少し時間がかかった。
 やがて、かずし君との会話を思い出して、恋人のことを言っているのだと気が付いた。
 「ちがうよ。」
 僕は顔を赤くして大きく否定をした。
 「当然冗談だろうけど、そんな話題の方がいいわね。」
 ひとり合点で納得しているしょうこさんになんだか急に腹が立ってきた。
 そして
 「自分だって本橋さんとつきあってるじゃないか。」
 と、言ってしまった。
 すると、本当に驚いた顔をしたしょうこさんがやがて急に寂しそうな顔をすると
 「昨日まではね。」
 と、思わず口走ってしまったようだった。

 僕は言ってしまった言葉の重要さに気が付けるほど、充分に年齢を重ねてはいなかったけれど、その時のしょうこさんの表情を見ていると、直感の部分で何かを感じ取り、なんだかしょうこさんに悪いことをしたような、そんな後ろめたい気分に急速になっていったのだった。

 


 後になって、本橋さんがしょうこさんともダンプさんとも違う女の人とよく話をしていることに気付くことがあったけれど、しょうこさんのあの表情を見た後では、僕には、興味を引かれる何物もそこにはなかったのだった。

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2.始まりの道

 高い。

 無限に高いはずの空が、今日は一際高く感じられる。

 息せき切った喉がからからに乾き、一瞬の間、いつも自分とともにあったはずの世界が遠く離れていった。
 そして、刺すような日の光が、閉じた瞼の内側に忍び込んできて、赤い色彩とともに全身を覆っていく。
 しばらくは、その新しい極彩色の世界に身を委ねていると、次第に全身を覆っていた光の欠片がぐるぐると渦を巻くように離れていった。

 やがて大きくため息をつくと、蝉のひしひしとした鳴き声とともに僕が属しているいつもの世界が戻ってきた。


 「ココ、ばてたんか。」
 リュックの重みに負けるように背中から転がり込んだ僕の顔を見下ろして、大学生の本橋さんが話しかけてきた。
 僕は未だ焦点の合わない眼差しのまま、逆光をに映ったそのシルエットに向かって口を開いた。
 「まだなの。」 
 僕の情けない声が返事をする代わりに問いかけをした。
 小首をかしげるようにして少し考えてから、いつものゆったりとした笑顔に戻って本橋さんがそれに答えた。
 「もう少しだ。」

 その声を聞くとあっさりと元気を取り戻した僕は、リスか何か小動物のような身軽さで起き上がるとリュックを探り、ポットの冷えた水をグイと飲んだ。
 そして目を細めると、永遠に続くかと思われる砂利道の山の先まで続いていく様をじっと見つめてみた。 しばらくそうするうちに、そんなことでは目的地であるキャンプ場など見えるわけがないことに気が付くと、ふっとため息をついた。そして、その時にはもう、いつもの軽挙妄動性の衝動に駆られていた。


 前には僕たちの班のリーダー的存在である本橋さんと同じ大学生のダンプさん。(女性にそのようなあだ名が許されるのかは、なんとなく不思議ではあったが、みんなが公式的にそう呼んでいた)

 隣には僕のひとつ年上で小学5年生のじんべー君。
 後ろには倉田君とちょろさん。
 この2人は6年生だ。

 そして、中学生の人が3人いて大学生のしょうこさんがいる。

 前にも後ろにも似たような編成の班がつらつらと連なって、全部で100人を超える人たちが思い思いの様でしゃがみ込んで、休息をとっている。


 僕の持て余した時間と取り戻した元気が、簡単に沸き出た衝動に負けてしまうと、地面にいくらでも転がっている小石を拾い始めた。
 そして、ダンプさんとの会話に夢中になっている本橋さんが、道端に置いたリュックサックのポケットに僕はひとつふたつと石を詰め始めた。
 リュックを開けた時に突然石が出てきて驚くときの本橋さんの表情を想像して、ひとりで笑いをかみ殺していると、意識から消えていた隣のじんべー君が唐突に声をかけてきた。

 「お前、くだらないことやめろや。」
 僕はふと我に返ると、じんべー君に食い掛かるように言い返す。
 「お前には関係ないべ。」
 「関係あるとかないとかの問題じゃないべ。」
 すると後ろの倉田君も口を挟み
 「何やってるんだよ。」
 ちょろさんからは
 「自分のリュックだったらいやでしょ。」
 と、一斉に責められてしまった。

 俄にむくれて、何か言い返してやろうと身構えたとき、僕がいたずらをしていた事などとっくに知っていたと思しき様子ですでにリュックのポケットから石をつまみ出し、何事もなかったかのような表情の本橋さんが、大きな声で呼びかけてきた。
 「ほら出発だ、早く準備をしろ。」
 その声に救われたことは僕は直感的に理解をした。しかしそれでもどこか判然としない感情をかかえたままで、僕はしぶしぶと立ち上がった。

 そして、長蛇の列に引きずられるようにして再び歩き始めてはみたものの、このことによって、これから過ごす時間が悪い予感に染められてしまったような気がしたのだった。

 
 僕は歩きはじめるとむっと黙り込んで、どうしてこのような班編成になってしまったのかを考えてみた。
 おそらく単純に人数の都合なのだろうけれども、僕一人が下級生であることで、いつでも周りからいろいろなことを言われ易い、というこの状況が何とも遣り切れない気分にさせられていた。

 それにココというあだ名も嫌いだった。
 まるで動物か何かのように扱われているようで、呼ばれるたびに不愉快な思いがした。

 また、同じ班の子たちはみんな、以前にも参加をしたことがあるらしく、この後何をするとか、どこに何があるとかといった話題に興じているけども、初めて参加をする僕にはその分からない会話が、この不愉快さに拍車をかけているのだった。

 だいたい、この真夏の炎天下に体よりも大きく感じられるリュックサックを担いで、この砂利の登り坂を延々と歩くこと自体が、僕には絶望的に悲しいことのように思われるのである。

 「僕には不向きだな。」
 などと、無意味にひとりごちてみたりした。

 
 このキャンプに参加するに際し、半年以上も前から班の仲間とは月に一度くらいずつ、近くの児童公園などに集まって持ち物や食事の打ち合わせをしたり、みんなで遊んだりしてきた。
 だから、今ではすっかり打ち解けていて、緊張感などはほとんどないけれど、逆に僕のひとり下級生というポジションが完全に確立してしまっていて、何かにつけてやり玉に挙げられてしまうことになってしまっていた。

 ココというあだ名も何気ないことでつけられてしまったが、僕は絶対に嫌だと言い張ったのだった。
 しかし、みんなの強引な押し付けと、最後は本橋さんの「かわいいあだ名で似合っているし、慣れれば自分でも気に入ると思うよ。」という一声でそれが既成事実となってしまったのだった。


 「こんなあだ名なんて最低だな。」

 その時のことを思い出して、またひとりごちてみると、この声はとなりのじんべー君に聞こえたらしく
 「お前、まだそんなことを言っているのか、いいかげんあきらめろよ。」
 と、突っ込まれてしまった。
 
 「気に入らんものは気に入らん。」
 と、今度は大声を出すと、後ろから
 「決まったことなんだから、しゃーねーべ。」
 と、まるで大人の見識を述べるような調子で倉田君が口を挟んでくる。

 僕には、それがまた他人事のような口調に聞こえ、かっとなって
 「おまえらが押し付けたことだろ。」
 立ち止まって食って掛かると
 「あんた、いいかげんにしなさいよ。」
 ちょろさんが言いたいのは、僕のこだわりに対してなのか、それとも毎度のトラブルに対してなのかよく分からなかった。
 いずれにせよ、僕からすればこの下級生扱いの中から問題のすべてが生まれている、と思っているので、ちょろさんの非難もまた向かうべき方向が違うように感じられた。
 「なんで僕ばっかり。」
 所詮僕の年で表現できるのはこんなものだという事実を確認してしまったような、口から出たのはそんな自分でもがっかりするようなセリフだった。

 その時、班の一番後ろにいたしょうこさんが、すでに近くまで歩いてきていて
 「ココ、後ろが詰まってみんなが迷惑してるよ。」
 と、歩くことを促されながらも、僕が悪いという事実を高らかに宣言されてしまった。

 再びかっとなりながらもしょうこさんの指差すに合わせて周りを見回すと、確かに僕のところで急に列が乱れてしまっていた。
 「うん」
 はずかしさとくやしさとでしょげ返りながらも、僕は速足で歩き始め、とりあえず前の列に追いつこうとするのだった。



 更におもしろくないことに、どのくらいで着くのかを何度聞いても本橋さんは「もうすぐ」と答えるばかりで、どんなに歩いても一向に到着する気配はない。
 「案外あてにならない人だな。」
 と、思い今度は後ろにいるしょうこさんのところに行って、聞くことにした。
 「あと、どのくらい。」
 「そうだな、まだ半分までは来ていないと思うから...」
 「うそだろ!」
 そんなに驚くことを言ったのか、と自分のセリフを一瞬の間、反芻するような表情をしたしょうこさんに対して僕は畳みかけるように言った。
 「さっきから本橋さんはもうすぐだって言っていたぞ。」
 睨みつけるようにした僕のその表情を見て、しょうこさんも本橋さんの真意を悟ったのか、急に笑顔になると
 「うん、そうだわ。私の勘違いだった。あと、もうすこしで着くよ。」
 と、取り繕ってみせた。

 しかし、その時にはもう後の祭りで、僕には大人の狡さが途端に体に染み込むようにして分かってしまった。
 「そういうことか。」
 すると、それまでの様々な感情が堰を切ったように溢れ出てきて、どういう表情をしていいのか分からなくなってしまった。

 急に押し黙ってしまった僕にしょうこさんも慌てたのか、近くにいた中学生に
 「ちょっと本橋さんを呼んできて」
 と、促した。

 その声を合図に僕は踵を返すと、これまで登ってきた道を反対方向へと下り始めた。

「ココ、ちょっと待って。」
 すぐに隣に並びかけると、僕の腕をつかみ引き留めようとした。
 しかし、その手を僕は激しく振り払うと、その激しさに気圧されたしょうこさんが思わず手を放してしまったので、僕にはそこにとどまる理由もなくなってしまい、そのままスタスタと歩き始めた。

 
 突然大きな手が僕の肩をぐわとつかんだ。
 「ココ、どうした。」 声を聴くまでもなく、それが本橋さんであることは分かっていたのだが、人のいい笑顔でこれまで僕を騙して、結局はみんなと同じように晒し者にしていたのだと思うと、素直に返事をする気持ちも失せてしまっていた。
 僕はその手を激しく振り払おうと試みたが、ただ子どもの非力さを改めて実感しただけであった。
 それでも、もうすべてが気に入らないことでいっぱいの僕には、虚しくもその無意味な抵抗をし続けていた。

 その時、唐突にしょうこさんが本橋さんを非難し始めた。
 「本橋さんが悪いのよ。」
 その声にきょとんとなった本橋さんに
 「ダンプさんと夢中で話しているのはいいけれど、ココの言葉を適当に受け流して、それでココを傷つけてしまったのよ。」

 どういうことか、と目顔で問いかける本橋さんに簡潔にしょうこさんが説明をし始めた。

 やがて、要領を得たのか本橋さんが改めて僕に向き合うと
 「ココ悪かった。騙すつもりは無かったんだけど、ココが一番頑張れる言葉を俺なりに選んだつもりだったんだ。」
 「その件ばかりじゃないよ。みんな僕を下級生だからってからかって面白がっているんだ。」
 「ココ違うよ、それは...」
 言いかけたしょうこさんを制して本橋さんが
 「後で俺の方からみんなには言っておくから、とりあえず今は歩こう。」

 その言葉に納得した訳では無いけれど、これ以上どうすることも出来ずに、その判然としない感情は一旦棚の上に上げることにして、結局僕は諦めてまた前へ向かって歩き始めたのだった。

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