光の渦

子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

1.体験論

 子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。
 それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

 ただひとつ言えることはこうして影響を受けた僕が、今、ここにいるということ。


 これは僕がしまい忘れたクリスマスツリーのイルミネーションを庭の木にかけて一年中楽しむようなものである。


 そして、今、僕がここにいるということは、同時にほかの誰かに影響を及ぼし、また及ぼしあって生きているということでもある。

 これもとても当たり前すぎることだけど、そこで接する誰かは、この原体験の影響を(間接的にではあっても)受けていることになる。
 そして、違う誰かはまた、影響を受ける誰かのエッセンスの加わったこの僕の原体験のしっぽくらいは影響を受けることになるかもしれない。


 隣の家では一本の木を夜毎にライトアップし始め、近所の家々がさまざまな方法で明るい庭を演出するようになった。


 つまり、たった一人のこの僕のちっぽけな原体験が、世の中にとって(ある狭い地域のある一部の人にとってということになるかもしれないけれど)何らかの構成要因にだって成り得る訳である。

 
 地域では明かりの美しさを競うようになり、不審者は夜の街から姿を消した。


 子どもの頃の体験とはつまりそういうものだと、僕は考える。


 



スポンサーサイト

PageTop

第一章 原体験

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。