光の渦

子どもの頃の原体験が、今の僕を形成している。それは当たり前すぎることではあるけれど、これほどまでに人生に影響を与えるものなのか、それとも美化された過去がこの原体験を大きく映しているのか、僕には分からない。

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1.野外活動研修会

 それから間もなくして、鉾田さんからの連絡をもらった。
 それは、野外活動の研修会があるので、ぜひ参加すると良いというものだった。
 僕は、全く概要も分からないままに予定だけを合わせて、その研修会に参加することにした。

 当日は駅まで鉾田さんが迎えに来てくれて、そこから二時間もかかる研修会場まで僕を車で送ってくれた。
 燦々と陽光が降り注ぎ、その間を縫うようにして爽やかな風が高原を降りてくる様子が見えてくるような、秋の一日であった。
 僕は、最初は鉾田さんも一緒に研修を受けるものと思い込んでいたので、会場まで着いて僕を下ろしたら
 「また帰りに迎えに来るから。」
 と、だけ一言残して、そのままUターンをして帰って行ったので、少し驚いてしまった。
 
 そして受付に行くと、僕の欄は既に『参加費用受理済み』となっていたことに再び驚かされてしまった。

 受付で受け取った概要書を確認すると、これからの三日間は、どうやらいくつかのグループに分かれてその研修を受けることになっているようだった。
 
 しかし、当然知り合いも居なく、何をやるのかさえ分かっていない僕は、そこで途方に暮れていた。

 すると、一人の男の人が唐突に僕に声を掛けてきた。
 「さっき送って来た人は家族の方かい。」
 年の頃40歳と僕は見立てたが、笑顔が優しげな人であった。
 僕はかぶりを振ると、努めて丁寧な口調で
 「いいえ、知り合いなんです。」
 と、答えた。
 すると、少し不思議そうな顔をしながら
 「わざわざ、送って来てくれたの。」
 と、聞かれた。
 僕は、簡潔に
 「はい。」
 とだけ答えると
 「ふーん、大したもんだね。」
 と、一人ごちているようだった。

 僕だって、そうと知っていれば自力で来る位の算段はしたのだけれど、それを先読みしてのだまし討ちだった訳で、それは鉾田さんらしいし様ではあったけれど、それをあえて他の人から指摘をされると、なんだか困惑をしてしまうのだった。
 
 「そういう他人の思いやりには感謝しなくちゃいけないよ。」
 当然、僕だって感謝の気持ちはあるのだけど、それをどういう形で恩返しすればいいものなのかが僕には分からなかった。

 その男の人も一人での参加で、僕を恰好の話し相手と見定めたようだった。
 僕も、今のところ全くの手持無沙汰であったので、聞かれるままにこの研修に参加することになった経緯を話し始めた。

 一通り話し終えたところで、早速その人の意見を聞かせてもらうと
 「それならば、恩返しの方法も簡単な事さ。」
 と、如何ほどの事でもないといった様子で語った。
 「そのキャンプを間違いなく、成功させることが一番の恩返しになる訳だから、そのためにこの研修で確実に必要なものを得て帰ること。」
 「そして、ここで何を得て、何を考えたのかということを帰りの道中でその人に話すべきだから、その為の整理を常に頭の中で行うといいよ。」

 僕はこのような大人の人の意見に早速ふれることが出来ただけでも、有意義なことだと思い、また自分の目的も整理されたことによってスッキリとした気持ちになることが出来た。
 「そうと聞けば俺も応援してるから、安心して頑張りな。」
 その時の僕は、加藤さんと名乗ったこの人や鉾田さんの、大人の包容力と気持ちの大きさに圧倒されていて、まだまだ未熟さの尻尾を垂らしながら歩いている自分を改めて小さな存在として感じるのだった。



 あいさつや入所案内など一通りのオリエンテーションが終わると、まずは簡単に座学が行われた。
 僕は要点をノートに書き留めながら、その流暢な発声から繰り出される講談に耳を傾けていた。
 今回の講師陣はその道では地元でも有数の著名人揃いの様子なので、相応に内容のクオリティーもプレゼンテーション力もすばらしいものであるようだった。

 まずは、一番最初の講義なので、内容の方はいわば総論といったところで、心掛けやマナーなど姿勢に関するものが多いようであった。

 僕には鉾田さんに対する責任と、子どもたちと交わした約束があるので、その受講姿勢は相当に真剣であった。
 一言も逃すまい、という気持ちはおそらく鬼気迫る様子で僕の表情に表れていたのではないだろうか。

 ところが、しばらくするうちに近くでクスクスと笑う声が聞こえたので、気になってしまって、ちらりとそちらの方をを見ると、暫し何人かの女の子と目が合ったのだった。
 彼女たちは僕と目が合うと、顔を見合わせるようにして、合図を送りあっていた。
どうも、やはり僕のことを見て笑っているようであったが、僕は当然彼女たちとは初対面だったし、なぜそのように笑われなくてはならないのかが分からなかった。

 それでも、僕には専修すべき使命があるので、もうその笑い声の方は気にしないことにして、そのまま講義に没頭した。


 講義が終わると、キャンプ場へと移動をして、そこに常設されているテントに荷物を入れ、それから今度は野外での実習活動となっていた。
 僕は加藤さんと講義に対する意見交換をしながらテントに向かった。

 そして、目的のテントに荷物を入れると、広場へと折り返して行った。
 
 広場では、班ごとに集合する段取りになっていたので、そこで初めて班のメンバー表を確認することになった。
 すると、幸運にも僕は加藤さんと同じ班であるようだった。
 加藤さんも、少し驚いた様子であったが、特に改めてそのことについての感想を口にはしなかった。
 そんな素振りのひとつひとつが年相応の深みを感じさせられて、いつか僕もそういう雰囲気を身に着けたいと思わされた。


 広場には人が三々五々と集まって来たが、班のメンバーが全員集まったところで、その場に車座で座って自己紹介を行った。

 「僕は新神と言って、学習塾の講師をしています。」
 真っ先に切り出したのは、加藤さんと同世代くらいの少しほっそりとした男性だった。
 先程の講師の人とは知り合いらしく、そのことを自慢するような様子で話していて、加藤さんとは人間性のところで大きく開きがあるように感じられた。
 しかし、新神さんが進行役を買ってくれたおかげで、それからは滞りなくすすんでいった。

 「牧野といいます。自治会の役員をしています。」
 やはり同じくらいの世代の人でキリッとした目つきの女性であった。
 僕はこの人の笑顔をこの研修中に見ることがあるのかなとそのときになんとなく思っていた。

 「加藤といいます。高校の体育の教師をしています。」
 僕は加藤さんの職業を未だ聞いていなかったことに、その時になって初めて気がついて、自分の事ばかり話してしまったことを恥じ、また自分の気が付かなさに再びがっかりしてしまった。

 続いては僕が自己紹介をした。大学生であること。子どもたちとキャンプをするグループで活動をしていることなどを掻い摘んで話したが、果たしてどれほど正確に背景が伝わったのかは不明であった。

 「辻田です。市役所の職員です。」
 僕より少し年上の女性で、物静かな様子に見えた。
 やはりこの人からも笑顔という言葉は連想が出来なかった。

 「来栖です。専門学校に行っています。」
 最後は学校のジャージを着た女性で、終始にこやかな様子であった。
 そういえば、先ほどの講義の時に笑っていた子たちも同じジャージを着ていたことを僕は思い出していた。

 一通り自己紹介が終わると、次の活動場所まで班ごとに固まって歩いて行った。
 僕が加藤さんと並んで歩いていると、その反対側から先ほどの来栖さんが並びかけてきて、僕に話しかけてきた。
 「ねえ、にいちゃん。」
 僕はなぜにそのような呼ばれ方をしているのか、不審に思った。
 「その呼び方は何。」
 少し不躾な様子になってしまったが、唐突なのは先方の方なので、それで構わないと思った。
 「みんながそう呼んでいるよ。」
 ますます不審になっていった。
 「みんなって。」
 なんとなく分かっていたがわざと聞いてみた。
 「一緒の学校の子たちだよ。」
 案の定、そのような答えが返ってきた。
 「でも、みんなとは初対面だよね。」
 僕は困惑の表情をつくってみせた。
 「そう。だけど、にいちゃんってみんな呼んでるよ。」
 なかなか要領を得ないので、何から聞こうか少し迷ってしまった。
 「まず、俺はみんなと同世代だけど、どうしてにいちゃんなのかな。」
 まるで子どもに言い聞かせるような口調になってしまった。
 「だって、すごい勢いで講義を受けていたでしょう。だから、みんながにいちゃんだって。」
 まるで脈略が無いけれど、なんとなくフィーリングでそのようなことになったのだろう。
 僕は取りあえずそこは納得したことにして、次の質問に移ることにした。
 「僕以外にも真剣に講義を受けていた人はたくさんいたと思うけど、他の人たちにも同じようにあだ名があるのかな。」
 「ううん。にいちゃんだけだよ。だって真剣に聞いていた中で私たちと同世代はにいちゃんだけだから。」
 なんだか、情けないことを堂々と主張されてしまったようだった。
 そこまで聞いたところで、目的地に着いてしまい、それにこれ以上聞いても発展性が無いことが分かったので、これ以上その話題には触れないことにした。

活動場所に着くと、班ごとにチームワークを作り上げる目的で、簡単なゲームを行った。
それは、セーので差し出した適当な手をつないで、その手を離さないようにしてほどいていき、やがてひとつの輪になる、というものであった。

ゲームが始まると、早速新神さんが取り仕切り始め、こう行けとか、ああしろと一方的にまくし立てた。
そのうちに、来栖さんが無理な体制になってしまって、痛い痛いと訴えたので、新神さんも、ゴメンゴメンと謝って元の体制に戻った。
すると、それまで黙っていた牧野さんが、おもむろに口を開いて「一度、よく考えてから動いた方が、効率が良いのではありませんか。」と提案をしたので、一同そうすることにした。
そして、それを受けて辻田さんが何かを言おうとしたときに、またも新神さんが、こうするべきだと言って、
話しを始めた。
その話が一息をついたところを見計らって、加藤さんが、「先程辻田さんが何か言いかけていたけど、良いアイデアがあるのではないかな。」と、水をむけた。
しかし、新神さんが、一通り話しをしてしまった後だから遠慮をしたのか、「いえ、大丈夫です。」とだけ答えた。
加藤さんもそれ以上は何も言わなかったので、牧野さんが、「とにかくも、新神さんの言う方法でまずはやってみましょうか。」と、一旦話し合いは終わりにしたようだった。


他の班は、とうに終了してしまって、あとは座って僕たちのことを見学しながらお喋りに興じていたが、相変わらず、僕たちは四苦八苦していて、成功する兆しさえも見えてこなかった。
最初は僕も遠慮してあまり発言をしないようにしていたのだが、徐々にじれてきてしまい、新神さんに負けじとああしたらどうかとか、こう動けばどうかと主張をしていた。
しきりに来栖さんなどは、賛同してくれているけれど、かえって混乱を生んでいることは僕にも分かってはいた。

やがて、タイムアップとなり、僕たちは不完全燃焼のうちにそのゲームを終えることになった。
どうも、うまくかみ合っていない班の状況が僕の中に遣る瀬無さを生み出していたが、どうにも不可解なのは、なぜかそれは僕だけが感じているように思えることだった。



お昼になると、お弁当が配られて、班ごとに車座に座って食べることになった。
風が糸を引くようにするすると通り抜ける高原の広場は、腰掛けた大地の座りよさに、思わずため息をつきそうな気分にさせられた。
僕のとなりには来栖さんが座り、そして反対側には辻田さんが座った。
何となく年齢が近い人同士で固まった感じであった。

相変わらず来栖さんは、脈略が無い話を続けていたが、今の僕には、腰の落ち着き具合とあいまって、気分が解されてくるようで、ありがたいことではあった。
それとは対照的に、辻田さんはほとんど話をしないで黙々と食事を続けていた。
僕もこちらに熱心に話しかけてくる来栖さんとばかりつい話をしてしまっていた。



午後になると、室内に戻って班ごとにワークショップを行った。
野外活動を通して得られるものは何か、というのが僕たちのテーマであった。
ここでも、新神さんが取り仕切り、まずはそれぞれが思ったことを、ブレーンストーミングしていこう、ということになった。
僕はこの始めての作業にドキドキしながら臨んだ。

しかし、いざ意見を出そうと考えてみても、なかなか言うべき言葉が出てこなかった。
そんな僕の様子などは他所に、今回は、新神さんの進行で、主に牧野さんが意見を出して行った。
そして、その合間を縫うようにして、加藤さんがポツポツという風に口を挟む感じであった。
辻田さんは同意するように相槌を打つことが主ではあったが、その時々で必要に応じて意見を述べていて、話の流れに乗っている様子であった。

暫くそのような流れで、進んでいたが、その時新神さんが僕と来栖さんを交互に見ながら、「学生の二人からもちょっと話を聞いてみたいんだけど、例えば今回ここに参加してみて、未だたいして時間は経っていないんだけど、楽しかったとか、印象に残ったことってあったかな。」

僕は急に話を振られたことで、少しドギマギしながらも、これまでの時間を思い返してみた。
すると、ほぼ間髪を容れずに来栖さんが「上手くいかなかったけど、さっきの手をつなぐゲーム、あれ面白かったね。」と、答えていた。
僕はちょっと意外に思ってしまい、思わず来栖さんの顔を見たが、相変わらずにこやかな様子で、心から楽しいといった雰囲気であった。
そんな僕の心を読んだ訳では無いだろうけど、新神さんが「あれ、上手くいかなかったけど、それがかえって良い経験になったはずだよ。」などと話していた。
僕は内心で、なんか勝手なことを言っているなぁと、少し呆れていた。


話し合いの時間が終わると、新神さんの奨めで、僕がグループを代表して発表をすることになった。
正直、ほとんど話にはいれなかった僕には荷が重いと感じていた。
しかしその後で、 発表の段取りについて新神さんから教えられると、それはそれであまり面白い気分にはなれなかった。
何だか僕は、少し居心地の悪さを感じていて、自分がここにいることが場違いな風に思えて来たのだった。



少し早めに夕食の時間になった。
夕食の席順はフリーだったので、来栖さんは学校の仲間たちと一緒に食べるようだった。
僕は加藤さんと一緒にと思ったけれど、新神さんや牧野さんなど、同年代の人で集まっているようであった。
とりあえず、空いている席に適当に座ると、隣には辻田さんが座った。
この人も、一人での参加で、まだあまり知り合いが少ないのだろうと思い、その辺は僕と似ている境遇なのだろうなぁ、と何と無く想像をさせられた。
すると、そんな思いを断ち切るように、明るい声が反対側からかかった。
「やあ、お疲れ様。疲れた分お腹も空いたね。」
闊達で若やいだ声の持ち主は、僕より少し年上で、モデルの様な長身の爽やか男児であった。
「あ、お疲れ様です。お一人の参加ですか。」
僕も慌てて答えた。
「そう、大学のアウトドアサークルのイベントと予定が重なったので、僕だけこっちに来ることにしたんだ。」
端的で淀み無い話ぶりに僕は少し圧倒されていた。









 

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第三章 再生

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4.崩壊

 グツグツという音は、目に見えないひとつの調味料ではないかと僕は考えていた。
 その音を耳にしただけで、ひと味変わってくるような錯覚が僕にはあった。
 しかし、それを口にすれば、現実的なモモコからきつく否定をされそうで、僕はその思考を頭の中に留めておくことにした。

 この再びの鍋会の趣旨は、キャンプには参加しなかった鉾田さんが僕らを呼んでキャンプの様子を聞きたがったのと、今回このようなことになってしまった原因の究明だった。
 一通り、僕たちの話が終わると、今度は鉾田さんがゆっくりと話し始めた。
 僕たちは、鍋の具を突っつきながらその鉾田さんの話に耳を傾けていた。

 「俺はある程度の予感があったんだけど、お前ら三人が居ればあるいはという期待も実はあったんだ。」
 長く関わってきた鉾田さんとしては、半ば諦め切れないところであったのだろう。
 「ココはたぶん六年間のブランクをコンプレックスのように感じていたのかもしれないけど、それで逆に囚われない自由さがあるだろうし、それは高校生から来始めたとおるにも言えることだと思った。」
 一呼吸を置くと
 「モモコに関しては、性格上過去の物事には囚われない自由な発想が出来ると期待したんだ。」

 するとモモコが
 「それで、あの時の話だったの。」
 と、聞くと
 「まあ、お前らの意気込みを確かめたかったところもあったんだけどね。」
 今になってあの時僕たちを集めた理由を聞かされるとは僕は思ってもみなかった。

 再びモモコが
 「それなら、もっと直接的に話してくれればよかったんじゃない。」
 と、質問を投げると
 「それだと、意味がないよ。」
 と、すげない回答であった。
 「なんでなの。」
 モモコに代わってとおるが問いかけてみると
 「ああいうテーマだったんだから。」
 そこは自分たちで考えろと言わんばかりだった。

 それで、少し考えてから
 「つまり、僕らに始めから悪いように思い込ませたくなかったってこと。」
 僕が尋ねると。
 そうだと言うように、ひとつ頷いた。


 ひとしきり、鉾田さんの言いたいことを呑みこんでから僕は口を開いた。
 「でも、僕は反対意見をだいぶ出したけど、結局は全く通らなかったよ。」 
 鉾田さんはまたひとつ頷くと
 「その時とおるはどう思った。」
 と、とおるに投げた。
 「正直、ココの言いたいことも分かったけどその時はこれまでやってきたことを無理に変えなくても良いのかなって思っちゃったな。」
 なるほど、と僕は思った。
 とおるでさえ、そう思ったのであれば、それはやはり思い込みがグループとして相当に根深く浸透しているのだと感じられた。
 「失敗することは考えなかった。」
 再び鉾田さんに迫られると
 「今までが上手くいっていたからね。」
 とおるも屈託なく答えた。
 「本当に上手くいってたのかな。」
 「今思えば、決してそうではなかったんだろうね。」
 とおるは落胆した様子で答えていた。
 「モモコは気付かなかった。」
 今度はモモコに振ると
 「今回のキャンプもそうだったけれど、事なかれ主義が問題を上手く隠していたんだと思う。」
 「でも、それが積み重なったから、今回の事態に至ったんだよ。」
 僕は口を挟まずにはいられなかった。
 
「あれをやらなくちゃいけない、これをやらなくちゃいけない。または、うまくやらなくちゃいけない。事務作業や安全面の配慮ならばその通りかもしれないけれど、企画や構想といった観点で広い視野から見ると、そんなことは無意味なことだったり、時には害にさえなりかねない。でも、渦中では気づき難いものであるし、長く続けているとまさに陥り易い問題なんだと思う。そして、その結果として今回があった。そう、言うなれば、清流は絶えず流れていて、初めて清流たらしめているんだね。」
 鉾田さんの言う結論はそういうことだった。 
 「でも、もしかしたら他人事に聞こえて不愉快に思えるかもしれないけれど、せめて大きな事故が無くて、それだけで今回は良かったんじゃないかな。」
 鉾田さんの総括の言葉を、僕は全くその通りだと思った。
 
  

 しばらくその話は中断して、僕たちは食後のコーヒーを楽しんだ。
 鉾田さんがこだわりのコーヒーを豆から挽いてくれたので、部屋中に香りが充満して、僕たちはとてもリラックスすることが出来た。
 
 「さて、これからとおるはどうするんだ。」
 おそらく鉾田さんが一番聞きたかった核心部分に話が及ぶようであった。
 「これから家業を継ぐための勉強をすることを考えると、来年もしキャンプを行うには片手間にならざるを得ないから、そういう関わり方を俺はしたくないな。」
 つまり、来年は関わらないという宣言だった。

 「モモコは。」
 およそ答えは分かっていたが
 「私はやっぱり大学が遠いから、ちょっと無理だよね。」
 想像の通りの答えだった。

 「ココはどうする。」
 僕の答えは既に決まっていたが、あえて少し考えるように間を置いた。
 そして、咳払いをひとつすると
 「班の子どもたちと約束したんだ。」

 そこまで言うと、続きは鉾田さんが引き取った。
 「また来年も来ようって。」
 「うん。」
 僕はきっぱりとうなずいた。
 「たぶん考えているよりも相当に大変だぜ。」
 鉾田さんの言うことは当然であった。
 「でもやりがいのある挑戦だからね。」
 その時の僕は若さゆえに世間知らずであることを長所だと理解していた。
 
 とおるもモモコも心配そうな表情をしていたが、僕は一旦宣言をしてしまったために却ってすっきりした気分になっていた。


 
 これで、完全に崩壊をしてしまったこのグループに、戻って来たばかりの僕が一人で残るという不思議な状況になってしまった。
 そう、あのキャンプが終わってしばらくすると、ここに居る以外の全員が、なし崩し的にグループを辞めてしまったのだった。

 おそらく、僕のひとりからの再出発に対して、鉾田さんやとおるたちは応援をしてくれるであろうが、これからは、人集めも含めて、僕は一から作り上げていく厳しさに立ち向かわなくてはならなかった。
 しかし、不思議と不安はなかった。

 最初、どんなに困難な状態であったとしても、真摯に取り組んでさえいれば最後にはうまくいくという想像力が、過去のキャンプの体験を通して僕は身についているようであった。

 そして、その時の僕には、来年の今頃も鉾田さんやとおる達と笑顔で鍋をつついている自分の姿が頭の中にハッキリと浮かんでいた。

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3.信頼

 子どもたちの様子を一通り確認すると、僕も荷物を下ろして、改めてため息をつき軽く目を閉じた。
 すると、閉じたはずの瞼から、溢れんばかりの光がまなこの内側にまでに差し込んで来て、顔から体、やがて足の先まで全身を駆け廻って行った。
 僕は軽い眩暈を覚えて、それを振り払うかのように首を振ると、それまで全身をくまなく覆っていた火照りが体の内側から外側へとくるくると廻るようにして離れて行き、途端に今度は脱力感に襲われていた。
 そのまましばらくは、放心状態のような今の感覚を楽しんでみたが、次第に気力が戻ってくるのが感じられると、まずは拳をにぎりしめて、そこを起点にして全身を熾していった。
 
 広い駐車場の片隅に、僕たちは固まるようにして座り込み、何はともあれといった具合に疲れを癒していた。
 そして、そんな僕たちの様子を面白がるような表情で、自動車で先に荷物を運んできた本部組が悠然と見下ろしていた。
 役割柄、何ら問題が無いことではあったが、僕はなんとなく不愉快な気分になった。

 そんな彼らを僕は憮然とした表情で眺めていると、そこに並んで見覚えのある顔がなぜか僕以上に憮然とした表情で立っていた。
 それは記憶の中の姿から、ほとんど変わらないままの管理人さんであった。


 管理人さんの挨拶は、みんなの状態が落ち着いたころに始まった。
 やはり僕の記憶と変わらない、野太くも抑揚の不安定な声調で、鹿を始めとする野生動物保護の話や自然の中でのマナーについての注意が主なものであった。
 僕はふと、今でも子どもたちの間では、管理人さんが鹿の肉を食べているという冗談が流行っているのかということが気になったが、そういえば僕も子どもの頃はそれが冗談かどうかの判別がつかなかったことに思いが至り、心の中で苦笑をした。
 もっともかずし君という扇動者が居たことも確かで、それならば今でもかずし君は変わらないのだろうかと思い、また、指導者の立場になってみると、冗談の範疇を逸脱する程の扇動は困るとも思った。
 しかし、さすがにその辺りの分別は高校生のころとは違うだろうと考え直し、また先輩に対して失礼な想像になってしまったことに気づいて、再び今度ははっきりと苦笑したのが自分でもわかった。



 管理人さんの話が終わると、重い荷物を再び背負って、荷物よりももっと重い体を、疲れとともに一番重くなってしまった心とともに起ち上げて広場へと向かった。
 森の小道を抜けて、記憶にある木の棒を差し渡しただけの橋を越えて、やがて、心待ちにしていたその風景に再会をした。
 しかし、そこはイメージの中の風景よりずっと小さかった。
 子ども時代の僕には、そこはほぼ無限とも感じられるほどの広場であったが、今、こうして目の当たりにしてみると確かに広いけれど、それでも驚くほどのことではなかった。

 先程来感じていることではあるが、子どもたちと関わり、また僕自身の思い出が現実と重なるほどに、やはり僕の子ども時代は確実に終わっていて、より現実的に、より冷静に、より厳しく、有限の広がりを持った世界がそこにはあった。



 荷物の搬入、テント設営という、年を取って大人になっても変わらずに気が重い作業が始まった。
 案の定、すぐにあつしがぼやき始めた。
 しかし、すぐにジュンタが宥めてくれて、あつしもジュンタには素直に従うようで、僕は本当に助かるのだった。
 班全体の仕切りについても、僕の心もとなさを余所にまさこがテキパキと指示を出してくれるので、そういうところは気が楽であった。
 僕は少しづつではあったがこのキャンプを楽しむ余裕が出てきたことに気が付いた。
 

 しかし、そんな折に隣の班の中学生の子が突然僕を呼びに来た。
 「ねぇ、ココちょっと来てくれる。」
 僕は困惑をして尋ね返した。
 「どうした、何があった。」
 「テントの立て方がわからないの。」
 僕は取りあえず後のことはまさこに任せて、その子の後について行った。

 「かずひろはどうした。」
 その班にも大学生のスタッフが居るはずで、なぜわざわざ僕のところに来たのかが解せなかった。
 「わからない。」
 なんとも頼りない返事が返ってきた。

 
 作業が中途半端になったまま途方に暮れている班の子たちが、やるせない表情をして立ち尽くしていた。
 「誰も分からないのか。」
 一応聞いてみると、ただ首を横に振るばかりで、誰も一言も発しようとはしなかった。
 「ところでかずひろがどこに行ったか誰か知らないか。」
 それにも首を振るばかりであった。
 「それが分からないからココを呼びに行ったんだよ。」
 と、しごく当然のことを中学生の子が言った。
 「分かった、じゃあ早速説明をするからすぐに取り掛かってくれ。」
 とにかくも、取り掛からないと始まらない状況なので、かずひろのことは後回しにして僕はその班の遅れを取り戻すべく奮闘を始めた。


 ようやくテントが形になってきて、他の班よりも遅れてはいたが、何とかお昼ご飯に漕ぎ着けられそうな頃に、ひょっこりとかずひろが班に帰ってきた。
 「あれ、まだ立ってなかったか。」
 のんびりとした様子に僕は内心呆れてしまっていた。

 「かずひろ、どこに行ってたんだよ。」
 僕の食い掛かるような口調に動じる様子もなく
 「本部に用事があったんだよ。」
 相変わらず飄々とした様子で答えた。
 「どんな用事だよ。」
 僕はますます表情が険しくなるのが自分で分かった。
 「別にいいだろ。」
 今度は少しすねた様子で答えた。
 「良くはないだろ。この子たちが途方に暮れていて、俺を呼びに来たんだぞ。」
 「それはすまなかったな。」
 ちっともすまなそうには見えなかった。
 「なんで、本部に行くこととか、後の指示を出していかなかったんだよ。」
 食い下がる僕に、面倒そうな素振りで
 「急いでいたんだよ。」
 「だから何の用事だったんだよ。」
 子どもたちの目線が気にはなったが、僕は言わずにはいられなかった。
 「おまえに言うことじゃないよ。」
 「でも、こうして俺は迷惑を被ってんだよ。」
 「だから、それは悪いと思ってるよ。」
 やはりそうは見えなかった。
 「それに子どもたちに対する責任があるだろう。」
 「でも、班付きがひとりなんだからしょうがないだろ。」
 すでに開き直っている様子がありありと見て取れた。
 「だから、俺はそれを問題だと言ってたんだよ。」

 僕は言ってから、そういえばかずひろはほとんどミーティングには出て来てはいなかったことを思い出した。
 「だから、班同士の助け合いが必要だよな。今回は助かったよ。」
 結局、有耶無耶にされてその場を誤魔化されてしまったようであった。



 そんなドタバタが一日中続いて、僕は身も心も疲れ切っていた。
 だから、夜の散策に行くことは正直気が重かったが、それでも班の子どもたちは楽しみにしているようなので、僕は体を奮い立たせるようにして、出かける準備を始めた。

 すると、たちまちにあつしが
 「誰か僕の懐中電灯知らない。」
 と、言い始めた。
 「荷物をちゃんと整理しないからそうなるんだよ。」
 まさこの厳しい指摘が飛んだ。
 「そんなこと言わないで探してあげなよ。」
 ジュンタが言い返すと
 「探さないとは言ってないじゃない。ただ、あつしは整理整頓が出来ていないから、その注意をしてるんだよ。」
 まさこもむきになって言い返した。
 そんな言い合いの向こう側ではキャラコが一生懸命あつしの懐中電灯を探しているようだが、たちまちそこら中のものをひっくり返し始めた。
 「ちょっと、キャラコかえって散らかるからやめてよ。」
 それで、まさこの矛先が変わったようだった。

 そんなやり取りを、既に外に出ていた僕はテントの入り口から首を突っ込むようにして見ていたが、ふと外から声が聞こえたので、その声がする方に顔を向けてみると、バトとコウスケが我観ぜずといった具合で話し込んでいた。
 「ほら、二人ともあつしが困っているみたいだから、一緒に探してあげなよ。」
 僕が声を掛けると
 「でも、かえって僕らまでテントの中に入ると動きづらくなるから。」
 と、バトの冷めた答えが返ってきた。
 僕は少し感情的になってしまい、強めの口調で再度促した。
 「そういう問題じゃないぞ。こういう時は協力する気持ちが大切なんだよ。」
 僕の威勢にたじろいたのか、さすがに今度は黙ってテントの中に入って行った。

 
 森の中は、不気味なほどに静まり返っていて、時折木の幹にあまり気持ちの良くない生き物の姿を見るくらいで、暫く歩くうちに、子どもたちの探究心も徐々に萎えていくようであった。
 「ねえ、もう帰ろうよ。」
 とうとうあつしがしびれを切らしたようだった。
 「もう少しだけ行ってみようよ。」
 それでもまさこは物足りない様子であった。
 すると、あつしの隣にいたジュンタが無言であつしと手を繋いで目顔で笑いかけたようだった。
 するとあつしがホッとした表情をして、笑みを返した。
 その様子を見たまさこは、一瞬だけ嫉妬の表情を見せたが、すぐにまた元の無表情に戻ると進行方向に向きを変えた。
 
 その時、突然コウスケが
 「あれ何。」
 と、横手の方で声をあげた。
 全員がすぐに集まってくると、コウスケと同じ箇所に懐中電灯の明かりを集中させた。
 それは、木の幹の途中、ちょうどコウスケの顔の高さの辺りで、今、殻を破って飛び出そうとしているセミの脱皮の最中であった。
 子どもたちも僕も固唾をのんで見守る中、恐ろしいほどにゆっくりと、その見慣れない生体活動が行われていた。
 
 どのくらいの時間が経ったのだろう。
 ようやく、殻から抜けきったセミの青白い全身が、そのか細い生を晒していた。
 それまで、時を忘れて見入っていた僕たちだったが、僕はふと気が付くと
 「そろそろ照らすのはやめようか。」
 と、声を掛けた。
 「なんで。」
 あつしの不服そうな問いかけに
 「今は体が柔らかいので、敵に狙われやすい状況なんだ。だから、明かりで照らして目立たせるのはかわいそうだから。」
 と、静かに説明をした。
 
 「そうだね、折角無事に成虫に成れたんだもんね。」
 と、コウスケが真っ先に理解を示した。

 僕はそんなコウスケの反応を意外な思いで見ていたが、今までにない彼の豊かな表情を見て、もしかしたらこの体験をきっかけに、彼の心もまた脱皮をして、ひとつ大人に近づくための成長をしたのかもしれない、と感じていた。

 少なくても、興奮が冷めやらない今は、すっかり自分の殻を脱いでしまっているようで、帰りの道中はまるで人が変わったかのように、今見た情景を辺り構わずといった様子で話していた。
 そして、そんなコウスケにみんなが同調しているようで、班の中に始めてまとまりのようなものを感じ取っていたが、一人バトだけは、少し寂しそうな表情でそれを見ているようであった。



 子どもたちを寝かしつけると、本部テントに集まって、スタッフのミーティングが行われた。
 僕たちも、いい加減疲労の限界を来しているところなので、早めに切り上げるということで話し合いは始まった。
 今日の反省、明日の確認事項などが本部スタッフ主導で進められていったが、最後に各自コメントを求められると、それを待っていたかのように、こうた君が真っ先に応じた。
 「ちょっと、かずひろに聞きたいんだけど、おまえが高校生グループに居るのをよく見かけるんだけど、そこで何をしてるんだ。」
 最初から喧嘩口調であった。
 「人生相談にのってるんだよ。」
 かずひろは憮然として答えた。
 「その間、自分の班はどうしてんだよ。」
 「子どもの自主性に任せてるのさ。」
 放り投げるような口調で応じた。
 「そんなのただ放置しているだけだろ。」
 こうた君は許せないとばかりに声を荒げはじめた。
 「それはお前の考え方だろう。俺は俺のやり方で班を見ている。」
 かずひろはあくまで静かな口調であった。
 「それで、ココに迷惑をかけただろうが。」
 僕はそのことについてはまだ誰にも話していなかったので、どこかで見ていたのか、もしくは子どもたちにでも聞いたのだろう。
 「ココには謝ったよ。」
 僕は謝ってもらったとは思っていなかったが、とりあえず黙って成り行きを見守った。
 
 すると、突然かずし君が口を挟んできた。
 「わかった、俺がそれぞれと話す。もう遅いからみんな寝ろ。」
 その一言で、問題はもう解決をしてしまったかのように、みんなはあっさりと解散をしてしまった。
 僕は唖然としてすぐには動くことが出来なかった。
 そしてこうた君もまだ何か言い足りない様子でそこに居たが、すぐにかずし君に声を掛けられて外に出て行った。
 そのとき、僕も一緒に誘われたので、とりあえずついていくことにした。
 僕とこうた君はかずし君に連れられて、炊飯場の明かりの下へ移動した。
 
 「なあ、確かにかずひろの行動は問題があるけど、あいつがいないとあの班の担当がいなくなるし、あいつには明日にでもよく言っとくから、おまえらも大目に見てやってくれよ。」
 「でも、ほとんど班にはいないみたいだから、もうすでにあの班は担当がいないのと一緒だよ。」
 こうた君にはやはり納得がいかないようであった。
 「あいつなりの考えもあるかもしれないし、その辺は俺が明日よく聞いておくから。それより、おまえらが騒ぐと問題が大きくなっていくし、何よりもキャンプを無事遂行することが難しくなってしまうだろう。」
 問題がすり替わってしまっていることは分かっていたが、それでもかずし君が責任を持ってくれるというのであれば、それは信頼すべきだろうと思った。
 しばらくは誰も口を開かなかったが、やがて
 「明日、かずひろが考えを改めて、きちんと行動してくれるのであれば、僕は文句は無いよ。」
 こうた君もようやく妥協をする気になったようであった。
 僕もひとつ頷くと、班のテントへと戻って行った。



 翌日になってもコウスケの興奮は覚めていないようで、飽きずにずっと昨日見たセミの脱皮について話をしていた。
 あつしも負けじとばかりに同じ話を繰り返し話していたが、聞き手のジュンタはいちいちうなずいているようであった。
 まさこやキャラコもそれに加わって、何となくではあったが班のメンバーの関係性がはっきりしてきて、まとまりのようなものが出てきたようであった。
 しかし、コウスケが班の中心になるにつれて、バトの方はひとりで居ることも多くなり、意外に不器用な側面を晒していた。
 

 この日は朝食が終わると広場の真ん中に集まって、班対抗でゲームを行う予定であった。
 相変わらずセミの話でもちきりのメンバーは、あまり活動については興味が無いようであった。
 だから、僕は本当はこの子たちが興味をもてる活動をさせてあげたかったが、僕個人の願望で全体に迷惑をかける訳にもいかなかった。
 
 ゲームの説明がひとしきり行われると、その後は班ごとに作戦を立てる時間が設けられていた。
 今回のゲームは班の中でひとりが帽子をかぶり、決められた範囲の中で走って逃げて、それが取られたらその班は負けてしまうという内容のもので、それ以外の人は自分の班の帽子の人を守るか、他の班から奪いに行くかというものであった。
 誰が帽子をかぶって、誰がその人を守って、そして誰が他の班の帽子を取りに行くかということが作戦の主なテーマであった。
 僕は、ここに至ってもまだセミの話をしているメンバーの興味をどうにか活動に向けさせたいと思った。
 そして、ひとり浮いている感じのバトに発言を促してみた。

 「僕が考えるところ。」
 既に作戦を思案していたのか落ち着いた様子でバトが話し始めると、まるで作戦参謀のような雰囲気があって、それに巻き込まれるようにして、みんなが耳を傾け始めた。
 「このゲームはどれだけ帽子をとるか、ということではなくて、どれだけとられないで守れるかということが焦点になってくると思う。」
 「だから、最初は全員で守って状況を見極めて、残りがひと班かふた班になったところで、今度は全員で一気に攻勢をかけるというのが最も効率的だと思うんだ。」
 「どうせ、中途半端に守って守りきれるものじゃないから、そのくらい思い切っていいと思う。」
 その、理路整然とした話しぶりに誰も異論をはさまなかった。
 「そして、帽子をかぶる人は出来るだけ目立たない方がいいから、背の高い人よりも低い人で、しかも最後はずっと走って逃げることになるから、足が速くて体力がある人が理想的だね。」
 そこまで一気に話すと、みんなの顔を見渡した。

 すると、あつしが
 「僕は小さいけど体力には自信がないや。」
 と、言い始めると
 「僕は足が速くない。」
 と、コウスケがそれに次いだ。
 「私は目立っちゃうね。」
 まさこが言うと
 「じゃあ私やる。」
 キャラコが志願したが、
 「いや、どう考えても無理だろ。」
 あつしにあっさり拒否されてしまった。
 
 話は消去法で進んだ模様で、みんながジュンタとバトを交互に見ていた。
 すると、バトが
 「僕はこういう役目は向いていないから、必然的にジュンタがいいと思う。」
 その一言で決定したようであった。
 
 あとは、攻撃に移るときのタイミングとかどう分かれて攻めるかとか、または逃げ方についての意見交換を行った。


 ゲームが始まると、バトの思惑がピタリとはまり、各班ともに守りが機能しているとは言い難く、早くも逃げる人の資質頼みという構図になっていたが、僕たちの班だけは全員で固まって、他の班がつけ入る隙を与えていなかった。
 そして、期が熟したとみるや、バトの合図で一斉に攻勢に出たが、その頃にはすでに走りつかれていた他の班とはまるで勝負にならなかった。


 
 昼食を済ますと、午後からは班ごとの活動の時間になっていた。
 昨日のセミの感動のことを考えると、森に散策に出かけても良いし、今日の全体ゲームでのみごとなチームプレーを考えると、この広場に留まって何かをしても良いのかなと、楽しい思案が僕を悩ませるのだった。

 とりあえず、みんなの希望を聞くために班のメンバーと話し合っていると、そこに班の子たちを引き連れたこうた君が現れた。
 よく見ると、他の班の子も交じっているようで、結構な人数で押しかけてきたようであった。
 そして、僕は離れたところにこうた君に連れていかれた。
 「なあ、ココ悪いんだけどこの子たちも一緒に見ていてもらえないか。」
 僕はこうた君の表情と突然の申し入れに悪い予感がしていた。
 「何かあったの。」
 恐る恐る聞いてみると
 「かずひろだよ。」
 想像通りの固有名詞が聞こえた。
 「どうも、あいつの扇動で何人かが班をほったらかして高校生たちと屯しているみたいなんだわ。」
 「もはや、こんなのキャンプの運営になってないと思うから、ちょっと本部に行って直談判してくるよ。」
 それだけを言うと、さっさと行ってしまった。
 僕は引き受けたつもりは無かったけれど、僕まで子どもたちを放っておくことも出来ずに、その人数で活動せざるを得なくなった。
 さすがにそうなると、行動が限られてくるので、僕はとおるとモモコの班を誘って、みんなでダンスを踊ることにした。
 
 

 夕食の準備に取り掛かる時間になっても、こうた君はおろか、かずひろも他の僕が預かった班のスタッフたちも一向に帰ってくる気配がなかった。
 とりあえず、一時的にとおるとモモコにその場を預けて、今度は僕が本部に行こうとしたその時に、本部のスタッフである倉田君がやってきた。

 彼は、僕らを子どもたちから少し離れたところに連れて行くと
 「こうた達はまだ戻って来れそうにないから、悪いんだけど今居るスタッフで分担して、全員を夕食の支度に取り掛からせてくれないか。」
 「それは無茶だよ。目が行き届かないし、段取りの指示だってし切れないよ。」
 モモコの当然な反論があった。
 「無茶は分かっているけど、非常事態だと思って取り組んでくれ。」
 僕は状況の説明が全くないことと、僕らに押し付けるような本部のスタッフの姿勢に不満がわいてきた。
 「いったいどうなってるの。」
 とおるが僕の代弁をしてくれるかのように聞いた。
 「後で、ちゃんと説明はするから。」
 今は、何も話さないようである。
 「本部からヘルプには入れないの。」
 僕が口を開いた。
 「今はちょっと無理だね。」
 「なんで。」
 どう考えても納得がいくことではなかった。
 「後で説明するから。」
 結局、その一点張りで終始してしまった。


 僕たちは頭を抱えるようにして、子どもたちの方に歩いて行った。
 すると唐突にとおるが
 「倉田君は班についたことがないらしいよ。」
 その呟くような一言に僕は驚いた。
 「それで、班の子を全て俺たちに任せるってこと。」
 「自信がないのかもしれないね。」
 僕は呆れてしまっている自分を自覚しながら
 「非常事態だって本人が言っていたぜ。」
 それにはモモコが
 「私たちを説得するための方便だったのかもね。」
 そんなやり取りをしている内に、それぞれが事情を抱えているに違いない、他のスタッフに関する疑問はもはや湧いてもこなかった。

 

 きっと、子どもたち以上に混乱をしていた僕たちは、正直何をしているのかという自覚すらないままに、どうにか夕食を済ませ、後片付けまで漕ぎ着けることが出来た。
 大きな事故が無く、無事その時間を乗り越えたことに僕は安堵をしていたが、その頃には完全に疲労困憊であった。

 暫くすると、本部から再び倉田君がやってきて、予定からだいぶ遅れてしまっていることを誰ともなしに宣言しているようだった。
 しかし、もはや誰もが彼の言葉に耳を傾けようとはしなかった。

 僕は、何かを考える余裕のない自分に諦めを覚えていたが、それでもそれは休めばすぐに回復をするものだということを知っていた。
 しかし、一度覚えてしまった不信感は、どうすれば拭えるのかということを僕は知らなかった。



 組み木を囲んでの最後の夜のお祭りに僕は懐かしさが胸を過ったが、目の前の現実は、子どもたちでさえも敏感にスタッフの異常な事態を察知している様子で、どことなく白けた雰囲気が辺りを漂っているようだった。
 また、相変わらずこうた君たちやほとんどの本部の人たちの姿が見られない中で、本当にこのまま進めるつもりなのだろうか、ということが僕には不思議であった。

 その時、突然に広場の端から大きな声でなにかを叫びながら、何人かの人がこちらに向けて走ってきていた。
 「みんな立て、立って大声で叫んで走れ。」
 おおよそそのような叫びを発している人たちと
 「みんな待て、静かにその場で合唱をするんだ。」
 ということを言っている人たちがいた。
 近づいてくると、主に本部のスタッフたちであったが、そこにはなぜかかずひろたちの姿もあるようであった。
 僕は何がどうなっているのか、本当に分からなくなってしまった。
 当然子どもたちも、急な出来事に唖然としていると

 「風の霊たちが僕たちの激しい運動を欲しているんだ。」
 という主張と
 「土の霊たちが静かな礼拝を望んでいるんだ。」
 という要求がそれぞれ一人の人からなされていた。

 その芝居がかった様子に、みんなが固唾をのんで見守っていると、遠くから今度はゆっくりと火のたいまつを掲げた人が近づいてきた。
 その間にも風の霊と土の霊のディベートは続いていたが、その不毛なやり取りには当然終わりがあるとは思えなかった。

 ようやく、その前までたどり着いた火のたいまつを持つ人は、ゆっくりとした口調で
 「今日、ここで一番困ることは、ここに雨の霊が現れること。」
 と、話し始めると、風の人も土の人もそれに同調して大きく頷いた。
 「諸君らはどうかね。」
 全体にも話しかけているようだったが、それには誰かが大きな声で
 「今は雨に降られると非常に困る。」
 と、みんなを代表するようにして答えていた。
 「ゆえに、今は大きくこの火を掲げよう。」
 大きくそのたいまつを空に掲げて見せた。
 「しかる後に、土の霊を安んじ、風の霊を楽しません。」
 
 一呼吸置いたのちに
 「この案やいかに。」
 と、問いかけると土と風の霊で駆けてきた人たちが
 「おー。」
 と、大声で答えていた。
 
 再び一呼吸を置くと
 「この案やいかに。」
 と、全体を見渡して呼びかけていた。
 今度は子どもたちに交じった何人かのスタッフも声を合わせて
 「おー。」
 と、答えていた。

 更に繰り返すと、徐々に子どもたちも一緒になって
 「おー。」
 と、答え始めていた。

 そして、全体がその絶叫に乗って来た頃、何回目かのその「おー。」の掛け声に合わせて組み木にたいまつを投げ入れた。
 
 「さあ、この地を讃える夜の祭りの始まりだ。」
 と、いう掛け声を合図に拍手が起こった。
 
 
 続いて、土の霊の人が前に出てきて、みんなでいくつかの歌を歌った。
 静かな歌からノリの良い歌へと移行して、最後に立ち上がり肩を組んでの大合唱となった。

 正直、夕方までのアクシデントで僕は、早く活動を切り上げて休みたいと思っていたが、周りの雰囲気に乗せられるにつれて、どこからか気力も体力も湧いてきて、どういうわけか次第に気分が晴れて行った。
 そして、それまで感じていた本部スタッフに対する不信感などはなぜか他人事のように思えていて、むしろ僕は僕の活動に集中することを今後のために思っていた。

 そのように開き直ってみると、まるで霧が晴れるように僕の頭の中が急激に整理されていった。
 それは、運営面の問題は企画の魅力で拭えるが、逆に魅力ある企画が在ったが故に運営面を怠惰にしていったということで、それならばこれまでのこのグループの歴史があってここに至っている訳だから、到底僕一人が騒いだところでどうこう出来るような問題では無いとその思考は結論付けられた。

 
 そんなことを考えているうちにいつのまにか大合唱が終わっていて、充分にみんなの気分が高揚してきたのを見図らって、司会者が風の霊の人に代わった。
 今度は湧きあがってきた熱気を全身で楽しめる指向で勢いよくダンスを踊った。
 それは、今日の日中にも踊ったものだったが、夜に火を囲んで、しかも端から興奮状態で踊るダンスは、まるで昼間とは違うことをしているかのようであった。
 
 そうして、みんなの気分が最高潮を迎えたころ、再び火の霊の人が前に出てきた。
 
 「さて、諸君。ここまで火、土、風と三つの霊を讃えてここまで来たが、最後に今日、この時に、この空のどこか遠いところで静かに見守っていてくれた雨の霊たちにも、お礼の印を捧げよう。」
 
 そういうと、僕にはとても懐かしい、昔も最後に踊った繰り返しの踊りを始めた。
 子ども時代に何回も何回も、疲れきるまで踊ったあのフレーズであった。

 僕は踊り始めながら、周りの子どもたちをそっと見渡してみた。
 みんな、ここまでの興奮がそのままに高揚して赤くなった顔で、夢中になって踊っていた。 
 しかしそれは、やがて回数を繰り返すうちにその興奮が疲労へと移ろっていくことは分かっていたが、こうして終わることによって、子どもたちの安眠を誘発していることが、今の僕には理解ができた。


 そして、最後は大人になった僕でも本当に辛いと思うほどに踊りきったところで、ようやく終わりになった。
 僕はその場に座り込むと、目を閉じて呼吸を整えることに集中しようとした。
 相変わらず体はふわふわと踊り続けているような錯覚に取りつかれ、上下に揺れながら、クルクルと大きな輪を描いて宙を漂っているようであった。
 いつまで、そんな状態が続くのか、ふと不安になった頃に、ようやく呼吸が落ち着きを取り戻し、体の感覚もゆっくりと地面に着地をした。
 僕はそっと目を開けると、周囲の人たちも少しずつ落ち着いてきているようであった。
 僕は、無心のまま自然に両手を打ち鳴らし始めた。
 すると、周りにもまるで潮が海岸線に満ちていくような、そんな性急さで拍手の波が伝播していった。
 僕はその瞬間だけは子ども時代の僕に戻ったような感覚であった。
 それは、このキャンプの間中ずっと感じていた、子ども時代との感覚のギャップが初めて埋められたように思えたのだった。
 そして、再びこの感覚を呼び起こすためには、また、ここに来るしかないのかな、となんとなく思っていた。

 
 
 僕には、もうその予定調和的なミーティングには何の価値もないことが分かっていた。
 だから、こうた君が家庭の事情で急に帰ったこととか、かずひろ達が夜の準備に追われていたことなどの説明がされても正直どうでもよい気分だった。
 それが言い訳であることは、誰もが分かっていたが、今更そこに言及をしても全くの無駄だった。
 もはや、運営面でのこのチームの行き詰まりは、それをここまで誤魔化してきた過去の積み重ねを伴って、限界まで来てしまっているように僕には思えた。
 だから、質問などで余計な時間を費やすことなく、さっさと就寝をしたかった。
 みんながただひたすらに疲れていた。
 そして、その疲れに充実感が伴われることは無いようであった。



 それでも、朝が来ると昨日の出来事などはすっかり忘れてしまったかのような快活さで、子どもたちの笑顔とともに気分良く起きることが出来た。
 班の中に居る時は、本当に僕は居心地が良かった。

 あつしの早起きにみんなが引きづられるように起きたので、そのまま朝の散歩に出かけることにした。
 僕はふと子ども時代を思い出し、昔クワガタをいっぱい見つけたあの街灯の下にみんなを連れて行くことにした。


 そこに着くまでは、正直、まだ昔のままにクワガタが来ているのか、不安の方が大きかったが、いざ着いてみると昔と変わらない風景がそこにはあった。
 そんな様子に班のみんなは夢中になってクワガタを捕まえていた。
 「ココの班で僕は本当に良かったよ。」
 思わず涙が誘われるようなセリフをコウスケが言った。
 僕もこの子たちと一緒に活動出来たことを心から感謝していた。
 そして、この三日間を通じて、最も成長させてもらったのは実はこの僕かも知れないとも考えていた。

 しばらくみんなが夢中になってクワガタを捕まえている様子を見ていたが、僕はふと思い出すと
 「みんな、最後は逃がしてあげよう。」
 昔誰かに言われたセリフをなぞる様にして、しゃべっていた。
 「どうせ、そんなに飼いきれないし、自然のものは出来るだけ自然に戻してやろう。」

 それには真っ先にコウスケが答えた。
 「そうだね、ココの言うとおりだね。」
 すると、あつしが
 「また、来年ここに来れば見れるものね。」
 と言った。
 「あたしもまた来る。」
 キャラコが続くと
 「出来ればまた同じメンバーがいいね。」
 まさこが言った。
 「ココがきっとそうしてくれるよ。」
 ジュンタの無茶な期待に僕は
 「それはちょっと答えられないかもしれない。」
 苦しい思いで答えた。
 すると、それまでは黙っていたバトが静かな口調で
 「僕もまたココやみんなと一緒にキャンプがしたい。」
 そう言ったその眼には、この三日間の思いが感傷を呼んだのか、ひと粒の大きな涙が浮かんでいた。
 それは、登り始めた朝の陽に輝いて、とても美しく光っていた。

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2.困惑

 大きく息を吐くと、気持ちを落ち着かせるために僕は一度目を閉じてみた。
 相変わらず真夏の太陽は容赦なく照りつけて、その光は僕たちの体を通過するたびに、少しずつ体力と気力を奪い去っていくようであった。
 瞼の裏側でグルグルとその光の結晶が大きく渦を巻き、体の中の方へと落ち込んで行く様な気がした。
 どこかで覚えている感覚だと一瞬思ったが、すぐにより現実的な思案へと心が引っ張られていった。

 懐かしい、キャンプ場へと続くあの道を、大学生になった僕はスタッフとして歩いていた。

 しかし、その感慨に耽る余裕が今の僕には全く無かった。
 当初から心配していた通り、やはり班の編成内容に問題があるようであった。
 五人の小学生と一人の中学生そして僕、これが僕たちの班の内訳であった。
 
 もちろん他の班も同じような編成になっているので、きっと大変な思いをしているのは僕一人では無いとは思うけれど、それにしてもやはりこの班編成は無謀としか僕には思えなかった。

 「ねぇ、ココ。いったいいつになったらキャンプ場に着くの。」
 さっきから同じことを何度も聞いてくるのは、小学四年生のあつしだった。
 「まだ、もう少しかかると思うんだよね。」
 僕の要領を得ない回答はあつしを一層いらだたせているようであった。
 「さっきも同じことを言っていたよ。」
 言われるまでもなく、僕も充分にそれを承知していた。
 「ごめん、ちょっと俺もよく分からないんだ。」
 僕は出来るだけ正直に答えるようにした。
 「だって、大学生は下見に来てるんじゃないの。」
 痛いところを突かれてしまい、僕は少し言葉を選ぶために口を閉じた。

 確かに下見に来ていない僕には責められても仕方がないところはあると思うけど、僕にも東京に下宿しているため、そう簡単に地元には帰っては来れないという言い分はあるし、第一に今回の班編成が決まった時に僕は最後まで反対をしていた。
 だから、あつしから責められることは、僕にはただやるせなさが募るばかりであった。
 しかし、だからといってあつしに他意がないことは分かりきっているので、結局どうにかあつしをなだめる以外に、僕にはし様がなかった。

 「同じような道だからな、分からなくなってしまうんだよ。」
 僕のはぐらかしには乗らないぞとばかりに
 「でも時間ぐらいはわかるでしょう。」
 鋭い追及が及んできた。
 「大人と子どもでは歩く速さが違うからなぁ。」
 「じゃあ大人の速さでどのくらい。」
 あつしのいらだちは絶頂に差し掛かっているようだった。
 「いや、時間は計っていないんだよ。」
 もうこんな情けない大学生は相手にしていられない、とばかりにプイと顔をそむけるとさっさと班の前の方に歩いて行ってしまった。
 僕は心の中でため息をつくと、班の中の他の子たちの様子を観察した。

 
 先頭を歩いているのは中学生のまさこ。
 ちょっと我が強いところは難点だけど、今回のような班編成では何かと頼りになる班の子たちのお姉さん役であった。
 その隣にはキャラコ。
 そのおもしろいあだ名に合致した愉快なキャラクターの四年生の女の子だ。

 そして、今その二人にはあつしと六年生のジュンタが絡むようにしている。
 ジュンタはいわゆる男勝りなタイプのカラッとした性格の女の子で、自分から積極的に誰かに話しかけるようなことは無かったが、なぜか四年生のあつしが妙に懐いていてジュンタもあつしが話しかけるとにこやかな様子で相手をしているようだった。

 その後ろには五年生のコウスケと六年生のバトが何かテレビゲームの話に興じていた。
 二人ともおとなしく礼儀正しいいわゆる普通の小学生なのだが、僕にはどこか覇気が無いように感じられて少し物足りない気がしていた。


 あつしの質問攻めから解放された僕は、班のメンバーに問題がないことを確認すると、突然、頭の中にこれまでのことが次々と浮かび上がってきた。



 大学生になった僕は春休みを地元でアルバイトなどをして過ごしていた。
 しかしそれ以外には、たまに友達と遊ぶことぐらいしかやることがなかった。
 だから、以前キャンプに行った仲間からの招待状が届いた時には本当に嬉しく思った。

 指定された日が来ると、僕は勢い込んで自転車にまたがった。
 そしてそこに書かれていた地図を頼りに事務所を目指していると、あの夏の暑いキャンプが俄によみがえってくるようであった。
 
 みんなは元気なのだろうか。
 果たして会いたい人たちと再会出来るのだろうか。
 僕は期待に胸を膨らませていた。

 しばらく郊外へと続く道をクルクルと経巡っていると一軒の古びたアパートの前に出た。
 そういえば、僕が子どもの頃は駅からほど近いビルのフロアーを事務所として広く借り受けていたような気がしたので、これはちょっと想像とちがうなぁ、というのが僕の最初の感想だった。
 少し様子を見るようにしていたが、このままでは何も始まらないので、思い切ってアパートの扉をノックしてみた。
 出てきたのは僕と同年代のにこやかな笑顔の青年で、僕の姿を認めると
 「やぁ久しぶり、ココだね。」
 と言うや、僕の体を抱えるようにして、中へと導きいれた。
 僕にはそれが誰なのかはよく思い出せなかったが、きっとあのキャンプに一緒に参加していた人なのだろうとあたりをつけていた。
 
 中には狭い部屋に7~8名ほどの人がテーブルを囲んで座っていて、ほとんどの人が誰かは分からなかったが、かずし君だけは特徴的な大きな丸顔ですぐにそれと分かった。
 「こんにちは。」
 僕の気恥ずかしげな様子に
 「まあ座りなよ。」
 と、そのかずし君が早速声を掛けてくれた。
 そして、みんなして順に自己紹介をしてくれた。
 倉田君、こうた君そしてかずし君、僕が知っているのはそれだけだった。
 他の人についても聞いてみたいとも思ったが、まずは目の前の現実を把握することが先のように思えた。

 一通り自己紹介が終わると、話題は僕が来る前から話していたキャンプについてのミーティングの続きのようであった。
 僕は自己紹介でとおると名乗ったとなりの人にそっと、今日招待されたのは僕だけなのかを聞いてみた。
 「招待状は当時の記録にそって全員に送ったんだけど、結局返事があったのがココだけだったんだよ。」
 僕はそれがどういうことなのかを少し考えてみた。
 大半は今更そんな古い事柄に関わらないというところだとは思えたが、しかしあれだけの人数が関わっていたグループなので、もう少し違う理由もあるような気がした。
 それに、大学生の人数もだいぶ少ないように思えたし、事務所にしても小ぢんまりとしてあの大人数でキャンプをした面影がそこからはどうしても見いだせなかった。
 そういえばかずし君を始め何人かの人は大学生ではないはずで、スタッフの摘要もよく分からなかった。
 
 僕がそんなことを考えているうちにも、話は順調に進んでいるようであった。
 すると、突然
 「ココはキャンプに参加出来るよね。」
 まさか僕に質問が来るとは思っていなかったので、少したじろいでしまったが
 「夏休みには帰省する予定なので、行けると思うよ。」
 と答えた。
 「大学はどこなの。」
 「東京だよ。」
 
 後で知ったことだが、僕同様地元を離れて下宿をする人が何人もいて、みんな夏休みに帰省して、このキャンプに臨むという訳であった。

 「東京なんて近いぜ。」
 かずし君から念を押されたようだったので、僕も一応といった様子で
 「でも、入学して見ないとまだ分からないところはあるから。」
 と、言い添えておいた。
 すると
 「大学一年なんて先に予定を入れちまえば、後はどうにでもなるって。」
 昔と変わらないかずし君のその乱暴なもの言いが、僕にはとても懐かしかった。


 結局、その日に話し合ったことは、僕にはほとんど理解が出来なかったが、再会の挨拶程度で行ったはずの僕がそのままキャンプに参加することになったばかりか、その流れでひとつの班の責任者にまでなることになってしまったようであった。



 その時の、とまどいの気持ちを払拭できないままに僕はキャンプ当日まで引きずっていた。
 それは僕の問題であって、少なくても班の子たちにはそういった雰囲気を悟られてはいけないと分かってはいたが、どうしても僕の中で消化しきれないものがあった。
 
 その時に前方からあつしが駆けてきた。
 「ココ、ちょっと来てよ。」
 あつしに呼ばれるまでもなく、僕は前方の険悪な様子が見て取れた。
 まさことジュンタが何かを言い合っているようであった。
 
 「どうした。」
 故意にのんびりした様子を演出して僕はどちらともなく問いかけてみた。

 「私より前に出るなって言ってるのに、ジュンタが先に行くから注意をしたんだよ。」
 「だって、歩くのが遅いから前の班から離されてしまってるじゃない。」
 ふたりとも譲る気など全くないようであった。
 「キャラコの足並みに合わせてるんだから仕方ないでしょ。」
 「だったらキャラコのことはココにでも任せて、自分は先頭の役割を果たしてしっかり歩けばいいじゃない。」
 確かに一理あるようであった。
 「キャラコだって一生懸命歩いてんだから、そんな無情なことを言わないでくれる。」
 「でも、前の班の子たちはあのスピードで歩いてるよ。」
 そこまで聞いて、これ以上は埒が明かないと判断すると僕は
 「じゃあ、先頭を代ろう。今からジュンタが先頭。」
 後は有無を言わせない厳しい表情で促した。

 当然、納得はしていない二人だったが、それでもとりあえずは僕の指示には従ってくれるようであった。
 僕は今度は本当にため息をつくと、班の最後尾から全班員を見守るようにして歩き始めた。

 
 
 スタッフは春休みの内に頻繁に打ち合わせを行った。
 それは、僕たち県外組がまだ地元に居るうちにという配慮からのようであったが、打ち合わせには出ていても、それは僕には決まった事柄に同意するだけの退屈な作業でしかなかった。
 かといって、僕にアイデアや意見があろうはずもないので、せめて状況を把握することに執心していた。
 しかし、今度は状況が理解出来てくる程に、多くの理由が解らなくなっていった。

 僕のような初心者がひとりで班を引率する必要があるのか。

 帰省出来ない引率者の班は、他の引率者が夏休みまでに行われるミーティングを代行するというが、それならば最初からその二つの班をひとつにまとめてしまわないのはなぜなのか。

 それ以前に班ごとのミーティングというスタイルは本当に必要なのだろうか。
 
 ほとんどの人が現地についてはもうすでによく知っているから、下見は行ける人だけで行けば良い、とのことだけど、本当にそれで良いのだろうか。

 だいたい企画をしている中心的な人たちが、どうも仲違いしているように思えるのは気のせいなのだろうか。

 僕は日を追うごとに気が重くなっていくようであった。

 そこで思い切って、このような状況で子どもたちを引率することは僕には荷が重すぎる旨を申し出てみた。
 すると
 「やる前は不安に思うかもしれないけど、実際に行ってみると結構うまくいくもんだよ。」
 「挑戦する前から尻込みしていたんじゃこの先の人生も覚束ないぞ。」
 「俺たちを信じろって、こうやって何年もやってきているんだから。」
 などと、宥められ賺されて、結局僕の意見が反映される余地は無いようであった。
 
 僕は、本当にこのキャンプに参加するべきなのだろうかと、迷ってしまった。
 だから、少し考えさせてくれとだけ言い残して、その日は先に帰ることにした。



 常に注意をしていないとコウスケとバトはどんどん歩くのが遅くなって、列から遅れてしまいがちであった。
 「前に追いつこう。」
 と、一言いえば、すぐに急いで前には追いつくのだが、相変わらず話に夢中になっていて、周りのことなど目に入らないようであった。
 班の他のメンバーも、二人については何か見極めているのか、特に話しかけることもなく、眼中に無いかのようにふるまっていた。

 僕は試に二人に話しかけてみた。
 「なぁ、コウスケとバトさぁ、他の班の子たちとも話をしたら。」
 「向こうに着いてから徐々にそうしていくよ。」
 バトのよどみない回答にコウスケも頷いた。
 
 「でも、キャンプの三日間なんてあっという間だからな。」
 一応念を押したつもりだったが
 「そうだね、後悔しない三日間にするよ。」
 再びバトが答えるのだった。

 頭は良いのだろうが、心に響かないそのやりとりが、心配性な僕を再び遣り切れない気持ちにさせるのだった。
 
 どちらかと言えば天衣無縫な子どもだった僕が、心配性で口うるさい性質の大人になるとは、当時の大学生たちは想像していたのだろうか。
 
 また、この子たちはどういう大人になって行くのだろうか。
 案外、落ち着きが無いようでいて、要点を押さえて質問をしてくるあつしなどはしっかりとした大人になるのかもしれないなぁと想像を膨らませてみた。

 すると、そのあつしがもう何回目かの質問をしにやってきた。
 「ねえココ、いつになったら着くの。」
 「もう、でもだいぶ進んでいるはずだよ。」
 「そりゃあ、これだけ歩いてきてだいぶ進んでいなかったら困るよ。」
 僕はあつしのその素直さが滲み出るような答えに、思わず笑みがこぼれた。

 その時、再び前方が騒然とした。
 僕は急いで駆けつけてみると
 「どうした。」
 僕の問いかけに
 「キャラコがもう歩けないって。」
 まさこが代弁をした。
 ふと見ると、普段は笑顔が絶えないキャラコが泣いているのだった。
 「とりあえず、休憩をとるように言ってくるよ。」

 僕は列の先頭に事情を話すために、駆け出して行った。
 


 僕が東京に引っ越しをする三日前に同じ年のとおるから電話があった。
 これまでのミーティングでなんとなく隣に座ることが多かったので、僕は勝手にとおるには親近感を感じていたところだった。
 「県外組の壮行会をやるから、今晩出ておいでよ。」
 僕は前回のミーティングの経緯があったので、何となく後ろめたいような気もしたが、折角の好意でもあるし、いろいろと聞きたいことなどもあるので、出かけていくことにしたのだった。


 待ち合わせの場所に着くと、とおるが先導して一軒の貸家へと導いて行った。
 「ここ、誰の家なの。」
 自転車を留めて玄関口に向かおうとするとおるに聞いてみた。
 「鉾田さんちだよ。」
 僕は、すっと懐かしさの風が胸を通り抜けて行くのが感じられた。
 会いたかったうちの一人とようやく会えるようであった。

 「こんばんは。」
 まるで我が家のような要領でとおるは先にどんどんと上がって行った。
 僕も後をついていくと、部屋の中はもうすでにすし詰め状態で、ようやく場所を見つけて座ることが出来るようであった。
 
 「よう、ココ久しぶりだな。」
 何だか昔とちっとも変っていないように見える鉾田さんの笑顔がそこにはあった。
 「鉾田さんもお変わりなく。」
 僕の照れた様子の挨拶に
 「そうか、お前もそんな大人の挨拶が出来る年齢になったんだな。」
 と、しみじみと言うのだった。
 そんな雰囲気にあえて水を差すかのような勢いで
 「再会の挨拶は、乾杯をしてからにしようぜ。」
 かずし君は早くビールが飲みたい様であった。

 僕はコーラをコップに注いでもらって乾杯の準備をした。
 そして、乾杯とともに勢いよく喉を鳴らす音が響き渡った。

 「お前ら、夏休みになったら早く帰ってこいよ。」
 「向こうで彼女なんかつくって、居座るようなことになるんじゃないぞ。」
 などと、激励とも冷やかしともつかぬ声が飛び交った。

 
 暫くは飲み食いや冗談で満たされていた部屋も、徐々に落ち着き始めたころに、こうた君が隣に来て僕に話しかけてきた。
 「よう、ココどうした、まだ悩んでるのか。」
 僕が責任の重さと、予定調和的なスタンスに疑問を抱いていることを言っているのだった。
 「うん、正直答えが出ないんだよね。」
 僕の表情を読むようにして聞いていたこうた君だったが
 「結局はやるかやらないかという二択になると思うけど、より後悔をしない選択をするなら、俺なら前向きな方を選ぶね。」
 「うん。」
 こうた君の言葉を頭の中で反芻しながら、相槌を打った。
 「その上で失敗したとしても、それを教訓として自分の中で昇華させれば良いわけだ。」
 「取り返しのつかない失敗をしたとしても。」
 僕はこうた君の厳然たる姿勢を揺るがしてみたくなって、ちょっと混ぜ返してみた。
 「それを考えていたら前には踏み出せないし、あとは自分と仲間をどれだけ信じられるか、というところだと思うな。」
 僕の試みは全く無意味であるようだった。
 「それにもし誰かが自分の中の百パーセントを求めたら、グループとしては何も出来ないぜ。」
 まるで後輩に説教を始めるような口調になり始めた。
 「お互いが良心と妥協を持ち寄って積み上げる活動をグループワークと呼ぶんじゃないかな。」
 言いたいことは分かる気がするけど、僕はその悟り切ったような言い回しに正直辟易しだした。
 「わかった、ありがとう。」
 僕の早すぎる納得具合に一瞬不審な表情をしたこうた君であったが、すぐに笑顔で頷くと他の人の方へと移動していった。

 僕は一番聞きたかったことのためにかずし君の隣に移動した。
 「昔居たミミさんってもうやめちゃったの。」
 「ああ。」
 簡潔すぎる回答に僕は少し戸惑った。
 「今は何をしてるのかな。」
 「しらねぇーよ。高校以来だからな。そういえばお前と同じ時期にやめたんじゃなかったかな。」
 これで彼女が今でも関わっている可能性は全く無くなったようだった。
 僕は心のどこかで、かずし君とミミさんは恋人とまではいかなくてももしかしたら特別な関係なのではと思っていたので、そうではなかったことには正直安心したが、やはり消息が聞けなかったことをとても残念に思った。

 「当時、ココとミミさんが付き合っているっていう噂があったよね。」
 かずし君の隣にいたモモコが口を挟んできた。
 そのモモコを始め、今いる中ではとおる以外の人はほとんどが当時のキャンプには参加をしていたということであったが、あれだけの人数がいたことと、六年間のブランクのせいで僕は彼女たちのことは記憶には無かった。
 「ミミさんがそんなふうに言っていたみたいだね。」
 僕の答えをおもしろがるようにモモコは
 「ココ本人はどうだったの。」
 僕はわざと覚めた雰囲気で
 「まだ、小学生だよ。愛だ恋だのという言葉は知っていてもその自覚がある訳がないじゃん。」
 と、答えた。
 「そんなの個人差があることだよ。」
 モモコには僕の決めつけるような言い方が気に入らなかったようだ。
 すると、かずし君が割って入るように
 「いずれにせよ、今会ったところで、おまえらにすれば、もうすっかりいいババアだよ。」
 自分のことは棚に上げてそんな風に言ったが、かずし君なりに仲裁をしてくれたようだった。
 
 そんな会話をしていると、ようやくここには僕の居場所があるように思えてきたのだった。
 そして、この間から踏ん切りがつかなかった気持ちにもふと一線が引かれたような気がした。

 その時の感情を僕は未だにうまく表現することはできないけれど、僕の子ども時代は疾うに終わりを告げていて、でもここには過去から今に繋がる糸があって、訳もなくそれがそのまま僕にとって大切な未来へと伸びているように感じたからであった。

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